衣食住

こうして大人になるのか、ならないのか

こんなことをだらだら書いても仕方がないことは分かっているんだけど、ペーパーを連日やり続けて疲れているはずなのに寝付けないので気晴らしに。

今日友達とごはんを食っていて、夏の間の彼のジュネーブ生活について聞いた。ジョギングをしていたら気付かないうちにフランス国境をまたいでいて、帰り道に突然IDを要求された話とか。大家の76歳のおばあさんがさびしさのせいなのか午前3時に話しかけてくるっていう異常な事態とか。面白いポイントはたくさんあったんだけど、彼いわくジュネーブの生活はなかなか大変だったみたい。もちろんスイス特有の物価の異常な高さとかそういう面もあるんだけど、それより何よりクラスメートが去った後、もともと知っている人が誰もいない土地で仕事を1ヶ月間も続けたのが厳しかったと言っていた。僕からすればものすごくオープンで誰とでもうちとける彼だけど、たまたま運が悪くて良い出会いに恵まれなかったのだと。国際機関がたくさんあるって言っても、規模はたかが知れてる小さな街で、一人で特にやることもなくたまに人を見るためにスターバックスに行ったって笑いながら言っていた。久しぶりに本気でさびしくなったよと。

生まれ育ったところからそれなりに遠い土地に身を置きながらも、実際のところ僕はこの1年半の間、ほとんど寂しさを感じてこなかった気がする。少なくとも、東京とその近郊で一人暮らしをしていた大学学部時代の3年間よりは全然さびしくなかった。ポジティブに考えたら年をとったこととか、留学生活が忙しすぎたこととかもあるんだろうけど。たぶん何より、ずっとルームメイトがいたことが大きい。電話の声が耳に障ったり、台所を使う順番やら、僕のおなかの緊急時にトイレが使用中だとか、いろいろ問題はあったとはいえ、彼らと総じて気楽な関係を持てたこと、単純に彼らがそばにいたことはおそらくもともと微妙に繊細なところがある気がする自分の精神的な安定に大きく貢献していたんじゃないかと思う。帰国の際も実家に帰ったわけだし、旅行中の宿泊先もドミトリーだったし、思えば「一人の夜」みたいな状況は、おそらくボストンのホテル滞在を除けばほとんどなかったと言っても過言ではない。

そういうことがあって、僕はどちらかというと今年再度やることになるであろう一人暮らしのイメージをなかなかうまく描けないでいる。むしろ仕事のことを心配しろとか、バケーションのプランに専念しろっていう突っ込みも自分で入るんだけど、東京での一人暮らしってどうにもこうにも孤独なイメージがつきまとってしまう。これは、僕が精神的におそらく最も不安定だった3年間と一人暮らしの時期が重なっているせいで「東京一人暮らし」自体のイメージがある程度悲惨になっているせいなのかw、あるいは東京では誰もがそれなりに孤独と戦っているのか、そんなことは全然なくて社会人としてもう一度やってみたら全然楽しいものなのか分からないんだけど。

いずれにせよ、自分の国に、おそらく一番親しくて会いたいと思っている友人たちが住む土地に戻るというのに、なぜか生活における寂しさの心配を始めてしまっている自分の矛盾を吐露してみたかっただけです。自分って、人間ってほんとに不思議なものですねw。寂しさについてなんて、ほんとに1年くらい考えもしなかったから。

でもきっと、寂しさとか一人身の退屈さだとかそういうものとそれなりに向き合っていく中で、意識するとせざるとにかかわらず家庭を持つことの価値みたいなのって見え始めてくるのかなっていう気はします。それにもちろん好きな人ができることによっても。そこら辺の成り行き次第では、あるいはまた海外に逃げることの価値が見えるのかもw。そういう感じで、たぶん欠乏も自分を一歩動かす原動力になっていくのでしょう。そんなこんなで、なんだか半歩くらいアラサ―的発想に足を踏み入れてる気がする自分です。

いずれにせよ、できることなら素敵な未来を想像しよう。なんせ新しい年だしね。
Brian Wilson "Your Imagination"

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。

とはいっても、中国では新年は日本で言う旧正月、中国では春節と呼ばれる2月なので、民間企業の方等は1月1日なども特に関係なく働いているらしいです。僕も今日は大学院の最後の授業があってそれを受けてきました。とても好きだったCui教授の授業。最後までチャームに満ちた笑みを浮かべながらとりとめのない話をしていました。ただ彼自身も言っていたように、当授業では経済発展とガバナンスに関するいろいろなイシューを盛るだけ盛り込んでいて、かなりopen-endedな内容になっており、こちらとしても学んだことを消化していくのに時間がかかりそうな感じです。いずれにせよdevelopmentについては一生勉強していこうと思っていたし、授業でやったことをときおり当ブログを通じてでも反すうしながら今後もやっていきたいと思います。

しかし時は流れて2009年。あと1年で2010年っていうのがなんだか信じられない。時はどんどん加速している気がします。
いずれにせよ、僕にとっては社会に出るというまたもや大きな転換の年になります。今はその前のバケーションに何をするかとか、東京でどこに住むかとか、そういうことで頭がいっぱいですがw。

最近あまりまともなことをかけていませんが、最後のペーパーやら引っ越しやらが終わり次第、またいろいろ書いていければいいなと思っています。就職などの関係でこれまでのようにはいかないかもしれないけど、やっぱりこういう媒体でのアウトプットとかやりとりは自分が何か学んでいく上でほんとに有意義だと思っておりますので、楽しみつつ続けていきます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

2009年も皆さんにとって良い年でありますように。

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2009

今日、電話で内定の通知を受け、僕の異様に短くて凝縮された就職活動は終わった。それなりに遍歴があったとはいえ、ひとまずこの結果には大満足。来年4月から、また東京で働いていくことになる。内容は、かなりおおまかにいえば各種の社会(福祉)事業への投資ってことになるのかな。国際関係の中でも、非常に深刻なレベルの問題―貧困、疫病、飢餓、そして社会的差別―への対策と共に、貿易のインフラ整備、日中関係改善へのとりくみ、国内では非営利部門の発展にも関わることができる仕事です。まさに僕にうってつけです。w

ひとまず、来年の僕のスケジュールについてめどが立ったことも大きい。今から2月、3月のバケーションにどこの国に行くか考えなくちゃ。シンガポール出身のクラスメートから熱烈に招待されているので、マラッカ海峡を見に行くのもいいかも。そしたら、マレーシア、カンボジア、タイ、ベトナム、ラオスも見てみたい。でも一方で前々から縁があるのに行けなかった南アフリカにはぜひこのタイミングで行っておくべきな気もするし。日本の友人たちはロシア旅行を計画しているらしいから、できるならそれにも加わってみたいし...。うーん、bank accountの残額を見ると少し現実に引き戻されるけど、これを考えるのは楽しすぎます。世界ってほんとにおもしろそうなもので満ちてますね。

それにこのブログも、今回のような仕事に決まったことで、(場所は移るかもしれないけど)来年もきちんと続けていくことができるような確信も得ました。これまで僕はDevelopmentとは言ってもLDCの開発ではなく、アジアの中所得国の経済発展の方を主な対象に勉強してきたのですが、双方を包括した本当に広義のDevelopmentについて今後もアカデミックな視野を深めていく必要があるし、そうしていきたいと思っています。仕事のためにも、僕自身の興味のためにも。だからこのブログを通じて、自分の問題意識をシェイプしていくことは今後も有意義であり続けると思います。

いろいろ本当に楽しみになってきた2009年。ひとまずはペーパーを仕上げて、卒業するのが先決だけど。
澄んだ関東の空に、いろんな希望を描いている年の瀬のとある一日です。

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Life

いよいよ今学期もファイナルペーパーの時期がやってきた。多分にレクリエーションを含んだ中国語学習と、アメリカの大学院に比べたら少なめな大学院のワークロードと、そしてeasygoingな隣人たちのおかげで、最後の学期であるはずの今学期はシラキュース時代のような切迫感がないなぁとずっと思っていたんだけど、最近は夜パソコンに向かっているときに1年前の気分を少しだけ思い出す瞬間があります。黄色と赤線だらけの論文を机の上にいっぱいに並べて、ReferenceとAppendixと、ペーパー本稿に使うためのメモを同時に開いて、どうしても集中できなくなったら薄くインストものの音楽をかけて。こういう感じで地球の裏側でもペーパー書てたなぁって、しみじみと感じます。

そして一方で、ファイナルペーパーの一つ目を書き終えたら、就職活動の面接を受けるために来週は一時的に東京へ戻ることになっている。そしてたぶん、その結果次第で僕が少なくとも来月1月のマスター取得後に何をやるのかがはっきりする。就職活動の延長も含めての話だけどw。
2008年末、ちょっとした人生の岐路に立っている僕。それだけにいろいろ考えます。

最近、最も親しい友人二人との会話も主に就職活動について。二人とも欧州出身で、僕からしてみたらまばゆいばかりの多言語能力と履歴を持っているんだけど、就職活動にはかなり苦労している。そもそも欧州の企業については「年齢が若すぎる」ことを理由にエントリーレベルの採用を断られるケースが多いそうだ。あっちではそもそも学部卒では”高学歴”とは呼ばないくらいだし。24とか25の修士了でも、知的労働のプロフェッショナルになるには若いのだろう。このへん22歳、23歳限定みたいな日本企業の採用とはほんとに対照的。でも、二人とも、世界のどこで働いても”本気で”かまわないっていうスタンスだし、少なくとも日本語ネイティブであることを活かせるのを前提に職を探し始めた自分とは、もともと想定している企業群のスケールが違う。そして、僕と違って、自己分析本や業界研究本などを保有している様子もない。(僕も使ったことないけど)日本のリクナビみたいな就職活動のポータルサイトもない。とにかく、すべては世界中の組織のエントリーレベルのvacancyの告知や、関心領域で働いている大学院のalumniを見つけてファーストコンタクトから、という本当に雲をつかむような彼らの就職活動のやり方に個人的には興味しんしん。それが良いのか悪いのかは別として、日本みたいに本当に定式化された就職活動を行うのと、彼らのようなやり方をするのとでは、それだけで仕事や人生に対する考え方が違ってくるだろうな。間違いなく。

そして中国語の語学の学校にもいろいろな人たちがいる。高校卒業したてでひとまずやってきて、1年か2年か中国語を勉強してから、大学に進学しようかなーっていう人。学部や大学院を休学してやってきた人。大学を卒業後、進路を決めずにやってきた人。仕事を辞めてきた人。それも世界中からのそういう人たち。いずれも、普通の日本的感覚でみたら、冒険者かもしれない。ともかく、少なくとも、彼らには生き急ぐような切迫感はない。彼らにとっては、たぶん今の生活は、勉強も遊びも自然にすべてを包括した"life"なんじゃないかな。一緒にいろんな国のdrinking gameをしたり、朝まで踊ったり、ホームパーティに行ったりしてると、彼らにとっては世界中が遊び場であって、人生は一切物理的な距離や段階によって区切られることのない、単なる冒険のような気がしてくるのだ。

たぶん、そういう周囲の一切のことが、今の自分の考え方に影響している。そして、それ自体は良いことのような気がしているし、この感覚はずっと忘れたくないと思う。僕がいま生活している場所が、たぶん中国も含めて、どこの社会でもないこの場所が、おそらくこれまで人生を通じて大なり小なり感じてきた社会的な役割期待みたいなものをとことん忘れさせている。自分を縛るものは、本当は単純な身体の老化とか寿命とか、そういうフィジカルなものだけなのだ。それですら、本当に自分を縛ることはできないのかもしれない。少なくとも自分が何のためらいもなく所与としている役割や位置づけ、そしてそれゆえに感じてしまうすべてのプレッシャーや限界は、究極には自分で作って自分に上塗ったものでしかないということを心にとどめておきたい。

今やっているペーパーも僕はこれをやりたいってだけの理由でやってるんです。

本当はw。

ということで、音楽でも聴きながら楽しくやります!

なんせ、最後だ!
Badly drawn boy "Pissing in the wind"

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長い夜

ボストンキャリアフォーラムに参加するため5日間の旅行を終えてまた北京に戻ってきた。就職活動それ自体についても、1年後のイメージについても、あるいは大部分を社会人として過ごしていく今後の人生についても多くを考えさせられた時間だった。そういう意味で、強行日程ゆえのdisadvantageはあったとはいえ、やっぱり実りの多いものだったことには間違いありません。

ボストンでは時差ボケに対処できずに非常に苦しんだけど、北京に帰ってきたらまた同様の状態に陥って、今朝は深夜0時からいろんな本に手を出しつつ少し読むたびに寝ることを試みて、それでも寝れず、朝5時にこのブログを書くことに至っている。日本に一時帰国してからシラキュースに戻った冬も同様だったけど、僕はどうやら時差にうまく対処できる人ではないようだ。こんな僕に、「海外で、いろんな地域や文化に触れられる仕事」が合っているのかどうかは定かではない。

しかし、ほんとに自分のやり場に困ってしまうような夜なんてほんとに久しぶり。不安や興奮で眠れない夜はあったはずだけど、それにしてもこんなに長く感じる夜はここ2年くらいなかった。むしろ、いつもちゃんと寝るには短すぎると思ってたw。でもそんな夜を過ごす間にこそ、普段は思い至らないようなことまで考えを及ばせている気がする。ボストンでは、そんな夜を使って持参していた小説を久しぶりにどっぷり読んだ。遠藤周作の「深い河」。

深い河 (講談社文庫) Book 深い河 (講談社文庫)

著者:遠藤 周作
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僕はインドには行ったことがないし、それに匹敵するような貧しい地域にも実際に身をおいたことがない気がするんだけど。でも、これを読んで思ったのは、自分がやりたいのはたぶんこの小説に出てくるベナレスのような、あるいはヒンドゥーの世界みたいに、生の人間の在り方を鮮やかに感じられるような場所に自分の身をさらしておきたいってことのような気がした。だからこそ正直な気持ちとして、自分は日本でもアメリカでもなく、途上国で働いてみたいって思ってきたし、企業選びもはっきり言って途上国で働けるチャンスが多いかどうかってところがキーだったのだと思う。もちろん先進国に身をおいたら、生の人間を感じられないかといったらそんなことはないんだけど。

それに自分のこの考えにももう一つの軸がある。っていうのは、私的利益の追求を前提としない公的部門や非営利セクターより、ある意味欲と欲のぶつかり合いみたいな場に塗れることができる民間企業で働くことに惹かれてたってこと。その中で自分がこれまで考えてきた世界とか社会とかそういうめんどくさいことを引きずりながら、どうやって立ち回っていけるのか見てみたかった。

このへんをシンプルに考えてみると、主体であるとともに対象である自分と、集団としての他の人たちみたいなある意味グロテスクな僕の世界観があらわになってくるんだけど。結局、僕の興味関心の一つの軸ってずっとそこにあったような気がする。大学で社会学を選んだことも、社会で起こっていることを見るのがすごく好きなことも、おそらくこうやってブログを書くことが好きなことさえ。

話が孤独な朝方的になってきたけどw、それにしても小説ってやっぱりすごいです。1年あまり、ほんとに課題として割り当てられてきたものしか読んでこなかったし、政治や経済書、それに学術論文にまみれてきた自分としては、全く違った次元でものを考える大きな刺激になります。やっぱり小説を読んでくことは今後も外せないっす。

ということで、こちらはもう6時になってしまったけどもう30分くらい寝ることにトライしてみたいと思います。大統領選の経過をさっきから何度もチェックしようとしてるんだけど、まだ今しばらくは大勢も決まらないみたいだし。結果はあと数時間後か。

ゴー、オバマ、ゴー!

それでは、おやすみなさいw。

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僕の四半世紀に

ブログの更新がしばらくの間滞りました。ラップトップがいきなりクラッシュしたんです。それも就職活動のエントリー締め切りラッシュの直前にです。今日の今日まで大学のアドバイザーを介して中関村のHP修理センターといろんなやりとりがあって、結局部品がない関係で僕のラップトップは1ヶ月ほど帰ってこない、そして帰ってくる際のOSが中国語になることが正式決定しました。今はアドバイザーから借りているラップトップを使っていて、明日からはさらに別のレンタルのPCを使うことになったのはいいものの、そういう対応が全部できなかったらと思うと本気で寒気がします。なんせ、ラップトップは僕の部屋にあるもののすべて、僕の勉強のほぼすべて、一人で得る娯楽のすべて、それに僕が世界の情報を仕入れる唯一の窓口だから。ついつい前置きが長くなりましたが、ラップトップと大学院留学生の特別に緊密な関係を少しでもわかっていただきたいと思ったしだいです。どうも。

ということで、最近は空き時間にラップトップの件で飛び回っていて、学食に行く気力もなくカップヌードルを食べてたりで、顔色が少しだけ春先の状態に近づいている。日米バイリンガルを対象としたボストンキャリアフォーラムという就活フェアに参加するために懐かしきボストンまで飛ぶ日まで残り10日間だというのに、すぐ先のスケジュールが気になりすぎてまったくそんな実感はない。でも、就職活動のエントリーシートを書いているときだけは、比較的じっくりとこの1年あまりを振り返ることができて、なんだかバカみたいだけど感動してくる。今、僕はこれを日本でもなく、ほんとに苦戦したアメリカでもなく、中国で書いているんだって。1年ちょっと前は、まともな海外経験は一切なかった自分が、だ。シラキュースにいたころから、週末も含めて一緒にずっと勉強してきた友達と最近よく話すのは、僕らはあまりにも様々な適応を求められすぎて、アメリカにわたる前の時期が、あるいはシラキュースにいた時期ですら、とっても昔のことのように思えるってこと。多分日本に帰ったらそんな時間の感覚はすぐ埋められるのだろうけど。でも、それだけ濃密な時間を過ごしてきた実感がある。僕の行く末にどんな職が転がっていようと、いまいと、ほんとに楽しかったって。

そんな僕を最近地味に喜ばせてくれたのが、とあるhonor societyからの招待状だった。大学院の1年間の成績が上位の一部の生徒だけが招かれるもの。英語がしゃべれなくて読むのも異常に遅くてテンパっている人、学年1位か、百歩譲って2位の位置にいた僕が。
体感気温マイナス27℃の吹雪の中、The Clashを聴きながら自習室に向かったあの日はこうしてちゃっかりと報われた。

「25歳の誕生日は一度しかないんだ。明日、人をひっぱり回すことにしり込みするのは、相手が”知人”のときだけにしてくれ。」

っていうのは隣に住んでいる友達のセリフ。 ひとつひとつ年をとっても、彼は正しいと、そう素直に思い続けられる生活と、周囲に対する素直な思いと、自分を保っていきたい。
そして、こういう気分で25っていうさも節目らしき年齢を迎えられる僕はとっても幸せだ。ということで、明日は僕が環境のクラスのために準備した水俣病についてのプレゼンと中国語を終えたら、お酒に飲まれて死ににいきます!w

The Clash "Death or Glory"

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新生活と海の向こうの轟音

北京での生活も今日で一週間が終わった。到着3日目くらいから空のガスが気になり始めて、500m先の視界があやしい日まであった。最初の二日間くらいの印象で、北京の大気は大丈夫だと思いこんでしまったけど、オリンピックとそれに続くパラリンピックのためにずっと車両規制と工場の操業規制を行っていたことを考慮してしまったら、やっぱり相当やばいのではないかと考えを改めるに至りつつある。

それでも、こちらの生活はかなり快適なことには違いない。両隣は大学院のクラスメートで、手続きや授業関連の情報は5歩歩いてドアをノックすれば確認できるっていう安心感がまず大きい。部屋にはキッチンがなくて、自由に自炊することはできないけど、食堂のご飯はおいしいし何せ安い。朝食は60円くらいでたっぷりの肉まんと卵焼き、それに飲み物まで飲んでいるし、ちょっと奮発してお昼に欧風ステーキとシーザーサラダ、それに飲むヨーグルトまでつけてもせいぜい300円ってところ。天井がとても高くて、窓から郊外の空き地と住宅街の見えるこの部屋にもなんだか愛着を覚えてきたし、最初の各授業で同席した清華大学公共管理学院MIDプログラムの生徒たちの国際性の高さ、経験の豊富さや、親しみやすい雰囲気に安心もした。もちろん最初の一週間はやっぱり忙しいし、それなりに疲れたけど、日本を以前よりも近く感じることが安心感につながっている気もするし、中国人の学生たちが親切なこともあって、本当に居心地の良さを感じ始めていることも確かだ。

その間、世界経済がとんでもないことになってきている。震源地は1か月前に去ったアメリカ。リーマンブラザーズのchapter 11申請、メリルリンチの買収、僕も海外留学保険を使っているAIGの破たん直前の救済...ニュースにはモルガン・スタンレーやGSの合併・買収話まで出てきているし、50年に1度、100年に1度という言葉まで飛び出し始めたこの危機がいったいどこまで行くのか金融素人の僕には知るすべもない。でも去年のボストンキャリアフォーラムで日本の大企業たちを尻目に巨大なブースを構えて圧倒的な人気を誇っていたアメリカの巨大投資銀行たちが崩壊していく過程は、身の毛がよだつ。なにせ、僕は今年来年に就職活動を控えている身なわけで、労働市場の悪化、投資銀行志望、あるいはそこから放出された切れ者連中との競争がまずこわい。それに加えて、僕がこれまで見てきた世界、BRICSやアジアの新興国がエンジンとなり、批判や不協和音がたびたび聞かれつつも世界規模では意気揚揚としていた経済が一気に顔色を変えて言っているような気がしている。それも、金融危機という、いまだ自分の理解がまったく及んでいない領域から侵食されるように。

その一方で首相が事実上空席で丸腰な日本。今日は日経が野党の郵政民営化凍結の公約について批判をしていたけど、僕も郵便関係者の票田確保のためとしか思えないその手の公約にはけっこうげんなりする。これだけ悪化している金融市場への影響が心配。自民総裁選がどうなろうと、総選挙で民主党が勝とうと、政界再編がなければほんとの意味で政治は停滞したままになるんじゃないだろうか。僕個人としては日本の政治に、あるいは政治家に全く希望を見出していないわけではないんだけど、依然先行きは不透明。

こういう時期にこそ大学院に入って学ぼうとするのはほんとに戦略的な選択なんだろうなぁって思う。嵐が過ぎ去るのを待つために、あるいは嵐をつぶさに観察するために、賢かったら今こそ、象牙の塔にこもるべきなんだろうね。自分が出ていかなくちゃいけない来年には、世界は日本はどうなっているのだろう。それを考えると、中国での勉強を延長したり、それをしつつl、なんとか中国で職探しをしてみることがとっても魅力的に思えてくるときがある。

それでも何でも、僕が今の時点でやらなきゃいけないことはどうやら変わりない。経済の発展を長期的な視野で考えること、環境問題と経済発展について考えること、中国を見ること、そして中国語を少しずつ学ぶこと。外の荒波が気になってしょうがないけど、見たって何もわからない。こういうときにはむしろ目をつぶるようにして、自分のことを毎日きっちりやっていた方がいいのかもしれない。

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北京生活スタート

Cimg1492一時帰国の最後にお酒を夜遅くまで飲むパターンが続いたためか、昨日は鼻水をすすり、咳に悩まされながら北京入り。雨まで降り出していた成田と打って変わって、北京は晴天。そしてまだまだ暖かい陽気。降り立った空港は、パリのシャルル・ドゴールに似た洗練されたデザインで、なおかつ巨大だった。

空港では、マクスウェルのクラスメートで、夏の間はシンガポールでインターンをしていたクロアチア人のゴランと合流。彼はシンガポールで二つのインターンをこなし、ビジネス・コンサルティングの仕事では、かのジョージ・ルーカスと何度もミーティングをしたとか。迎えに来てくれたプログラムマネージャーのJaneもきめ細かく世話をしてくれて安心した。

タクシーに揺られること1時間。これから4か月半を過ごす、清華大学のキャンパスに到着。寮のロビーで、同じくクラスメートでスイスでインターンしていた親友アルベルトと再会。この辺りから、妙に修学旅行のような気分になってくる。寮の部屋はバス・トイレつきのシングルルームで、予想以上に清潔。寮の周りも、バスケットコートやテニスコートが整然と並んでいて、留学生だと思われる白人や黒人もちらほら見られて、なんだかイメージとは違う小ぎれいな雰囲気だった。その晩は、夕食を食べて、キャンパス内のスーパーで少し買出しをしたあとは爆睡でした。

二日目の今日は、まだまだ予定がないということを最大限に利用して市内観光へ。寮の前で拾ったタクシーで向かった場所は、

Cimg1494 天安門広場です。タクシーから見えた北京市街の様子は明らかに7年前と違った。走っているバスがおそらく東京のバスより洒落たデザインになってたし、心なしか以前より緑も多く、自転車人口も減っていた。家並み、街並みも数年前に訪れた台北よりきらびやかな印象。僕の知っている中国人は、誰もかれもが「7年前とは全然違う」と言っていたけど、本当に変った気がした。でも、ここ天安門広場の雰囲気は全然変わらない。直立不動の兵隊。観光客でにぎわうだだっ広い空間のはしに見える、毛沢東の肖像。端の方に美しく飾られていたオリンピックのモニュメントも、全体の雰囲気を大きく変えてはいないように思えた。この巨大さ、空間性が今も生き残っているコミュニズムの香りを感じさせる。そのまま観光した故宮も、当然だけど、相変わらずだった。その後は王府井をぶらぶら。

中華料理を食べたあと、タクシーを捕まえようとしたのだが、全く駄目だった。僕らが外国人だからなのだろうか。空車のタクシーもダメダメと手を振りながらすべて通り過ぎて行った。20分くらい粘ったのだが、無理そうだったので文句をたっぷり言いつつ地下鉄へ。そこから見えたホテルも、なんだか僕の知ってる北京じゃないみたいな壮麗さだった。

Cimg1497_5

地下鉄も東京のものより明らかに新しいし、きれい。改札は、切符をスイカのようにかざすもので、ワシントンよりも洗練されている。

オリンピック開催地として、あるいは中国の対外的な顔としてインフラを発展させてきた北京の変化を、中国の変化や成長として額面通りに見ることはもちろんできないと思う。だけど、7年ぶりの北京は、国際都市としての威厳を圧倒的に高めていて、僕に驚きと、安心をもたらしたことは確かでした。

まだ数日オフがあるので、もう少し周ってみます。

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図書館人に祝福を

今日は地元の図書館へ。案の定、8月中には会館の9時半から15分後には満席になっていた閲覧室がお昼くらいまで空いていた。でも平日だというのに利用客はかなり多い。特に各種雑誌が置いてあるコーナーはソファにひしめきあいながら多様な年齢層が読書に励んでいる。

特に自分と近そうな年齢の人を見かけると、何を勉強しているのかとても気になってしまう。大学とかの論文かなぁ、それとも資格試験の勉強でもしている人かなぁって。僕はそんな中、これをやる。

Why?にこたえるはじめての中国語の文法書 Book Why?にこたえるはじめての中国語の文法書

著者:相原 茂,石田 知子,戸沼 市子
販売元:同学社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

最初の方のピンインとかの説明は完全に「はじめての人」向け。実際そうなのかもしれないが、演習もないそこの部分がきつい。でも、そこを乗り切れば、本章は非常によくまとまっていて、ほとんど忘れている&そもそも中国語の文法を体系的に勉強したことがなかった僕にぴったりの内容。本当に最初からやりたいって言う人にも、自信を持ってお勧めできます。まずは文法をさらわなければ、中国では本当に何もできそうにないので。(でも、残念ながらこれがまだ1冊目である。)

家ではまるっきり進まなかったこの本だけど、図書館では鬼のように手が動く。夕方しびれてしまうくらいに。

それは周囲から与えられる無言のパワーのおかげだと思う。僕は、全く勝手だけど、平日の図書館の閲覧室で1日中何かを勉強しているような人たちは、「今どこにも属していない人たち」あるいは「今属しているところから抜け出し、どこか別のところに行こうとしている人たち」なのではないかと想定している。資格試験の勉強でも、論文の準備でもなんでもいいけど、とにかく別のステージに移るためのパワーを必死で蓄えている人たちなのだと。となりの僕よりかなり年上に見える人は、消防士の筆記試験の勉強を本当につらそうにやっていた。消防士の筆記試験対策ほどつらそうな勉強もなかなか思いつかない。

だから、全く勝手な言い分だけど、自習室と化している平日昼間の図書館の閲覧室の空気は本当に殺伐としている気がする。この場所以外の空気を求める切実さ、あるいはここに留まっているやるせなさでいっぱいな気がするのだ。とおりすがりだけど、僕も状況は変わらない。僕の属するところは、そもそもあいまい。少なくとも身をおくべき場所はここではないのだ。

アメリカでPublic Libraryを利用したのはボストンで昼寝をした一回だけだけど、もっと行ってみれば良かったなと思った。アメリカ人もみんなこんなにこつこつと勉強をしているのかなぁって、単純に考える。労働市場の流動性とかについても考える。やりたいことを見つけて、それに向かって努力をしたなら、やっぱりそれは社会が最大限評価してやるべきだと。職場だって隣の人と少々のおしゃべりや同僚とのランチくらいはあるだろう。図書館人は一言も発さない。

夕方、とてもきれいな夕焼けを見た。入道雲がオレンジの空を奇妙な形にきりとっていた。地元の街も晴れた空のもとではやっぱりきれいだと思う。

それに最近はまだまだ暑いけど、ときおり心地よい風がふくようになった。昨晩これを聴いたら最高に良かった。音楽を最高に楽しむための条件は、窓からの風と、季節の飲み物と、周囲と自分の心の静けさだと思います。

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休息と・・・

日本に帰って来て早1週間が過ぎました。アメリカから持ち帰ったたくさんの本が部屋に置ききれなかったので、部屋を思い切って整理したり、中国大使館にビザの申請に行ったり、クレジットカード会社に問い合わせたり、こまごまとしたことに追われて毎日があっというまでした。週末の二日間は大学時代の友人たちと山梨県でキャンプをしてきました。一方で、1週間経っても相変わらず日本の食べ物は新鮮でおいしくて、僕の食欲はとどまるところを知りません。

ようやく、重い腰を持ち上げつつ中国語の勉強も再開。僕は大学では第二外国語として中国語を勉強していたのですが、いかんせん中国語の辞書も購入せずにその場しのぎ的に授業を乗り切っていた不真面目な学生だったこともあり、基礎の基礎からの復習です。やってみてようやく自分のレベルの低さを肌で感じたけど、この焦りをばねに頑張ろうと考えて、わりと前向きな気分でいます。

それに加えて、おそらく就職活動のための準備も今のうちにできる限りやっておくべきなんじゃないかと考え始めました。

というわけで、帰国前後の喧騒から抜け出してようやく自分の状況とやらなきゃいけないことが見えつつあります。

更新が滞っておりますが、日本でのわずかな期間を充実したものにするためにも日々アンテナを伸ばしつつ、何か書いていきたいです。でも、ひとまず今日はこの辺で。

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ふーむ

蝉が鳴きはじめた。これまでとても暑くてもう夏だと思っていたので存在すら忘れていたけど。窓の隙間から聞こえる蝉の声はほんとに風情がある。Cimg1195蛍が窓の外を飛んでる。

日曜日の深夜に結局ぎりぎりまでかかってしまった夏の授業のレポートを出して、今日はワシントンのプログラムを統括している教授に挨拶に行って、とにかく自分を拘束するものはこれですべてなくなった。

毎日のインターンは続く。もちろん仕事上のプレッシャーもゼロではないけど、今日から隣接してるオフィスの人たちは夏休みを取り始めたし、僕の直属の上司が夏休みに入るのももうすぐだろう。

ふーむ。

はっきり言って、やる気はゼロに近い。でも、おそらく少なくない確率でこれが人生最後の夏休み。やることを書いておこう。

1.本20冊読む(中国、エネルギー、公害、開発、就活関係)

2.Financial timesと日経を毎日チェック

3.中国語の参考書3冊やる

多分今まで夏休みをスケジュールどおりに過ごしたことはないので、今年こそは夢をかなえよう。敵は間違いなく3ですな。

ふーむ。

ということで、次回からはテンション3倍くらいで中国について少し書きます。

実は最近僕がずっと気になっていた女の子が国へ帰る前にくれた連絡のおかげでへこんでいますが、がんばりたいと思います。たぶん本気で書きたいのはこれだけでした。

ということで一曲聞いておこう。

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My generation

このところ、ブログの更新が滞っていました。その理由としては、毎日かなりの量の情報を入れているはずなんだけど、それらがとってもジェネラルかつ断片的なので自分なりに(曲りなりにでも)ここに載せる一つの記事としてまとめるような気にならなかったこともあるんだけど。それ以上に、ここ4日間、とあるアクシデントからアパートのインターネットが断絶していたのが原因です。職場でせこせこブログを書くわけにもいかないしね。

事件は日曜日の朝、誰よりも早く目覚めた僕によって引き起こされた。現在のアパートに引っ越してからYoutubeでもののけ姫も満足に見ることができないワイヤレスのコネクションに満足できなかった僕は、ルーターとかをとりあえずいじくってみたり必要のないプラグを抜いてみたりいろいろトライ。そして禁断のresetボタンを押してしまったのである。そして、インターネットのセッティングがすべて飛んでしまったのだ。そして僕が今住んでいるアパートは、一般のアパートを大学が所有するという形になっていて、当然インターネットについても学校の管理人を通さないと直せなくなっていたのである。

日曜日から毎日管理人に電話し、そのたびに明日こそは技術者がやってくると言われ、待つこと4日。ようやくインターネットが復活。いやーほんとに大変な5日間でした。

この数日間で浮き彫りになったのは、僕らがいかにインターネットに依存しているかという事実。日本では若年層がPCからではなく、携帯からインターネットにアクセスする、携帯からEメールを送るっていうわりと特殊な文化が定着しているけど、いずれにせよ日本においてもインターネットが生活において非常に大きな位置を占めているのは間違いない。

大学院の友人の多くは朝起きたらとりあえずすぐにパソコンのスイッチを入れるという。授業中も生徒の半分くらいは、PCでノートをとっていて、彼ら彼女らは授業中もメールやSNSをチェックしている。僕は個人的な読書のメモもパソコンでとるし、気になる文献や言葉を本を読みながらネットでチェックするのはほとんどくせになっている。夜はPCの電源を切らないまま寝ることだってけっこうある。とにかくインターネットと接続し続ける毎日。

秋、春のセメスター中は主に学校で行われているイベントや事務手続きについて毎日20件くらいのメールを受け取るし、その中に重要な情報がまぎれ混んでいる。リーディングアサインメントが添付ファイルで届くこともあるし。その他に僕は3つのE-mailアカウントを持っていて、それぞれに特定のメールマガジンが毎日届く。時間があるときにそれをチェックするのも習慣のひとつ。とにかく毎日大量のメールを受信して、チェックすることが生活の一部なのだ。

さらに友人との連絡手段で個人的にものすごく多用してきたのはSkypeとG-talkのチャット機能。無料だし、大きなキーボードで打てるから、友人がネットに接続している限り、そして自分も接続している限り個人的には携帯でメッセージを送るのより楽。(僕の携帯はメッセージを送ると数セントお金がかかるし)。たまにテレビ電話するのも面白いし。無料だしね。

アメリカ人のルームメイト:

「自分にとってテレビよりインターネットのほうがはるかに重要だ。」

ケニア人のルームメイト:

「(インターネットがないこの状況では)俺は本気で病んでしまう。」

中国人のルームメイト:

「インターンシップ先の上司から毎日受け取る業務確認のメールが見られない。コンファレンスのレポートのための下調べができない。」

僕:

「大変申し訳ございません。」

という具合で大変なプレッシャーでした。でもインターネットなしの生活では、ルームメイトたちは10時とかに就寝してしまうので、少なくとも彼らの健康には貢献できたと思います。

とにかくこれが僕らのスタイルであり、生活。

僕らが毎日粘り強く修理することを要求したアパートの管理者の言葉を借りれば、

「ああ、まったくなんていう世代なんだ・・・」

ほんと、その通りでございます。

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結びつきと自由

その名にちなんで (特別編) DVD その名にちなんで (特別編)

販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日:2008/06/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する

昨日は、一週間のセミナーのためだけにワシントンDCに来ていた同級生が引っ越しをするということで、昼にご飯をおごってもらった。シラキュースへ戻る人、里帰りする人、南アフリカに行く人、イスラエルに行く人、シカゴに行く人。人生いろいろ、夏の過ごし方もいろいろ。数カ月前までは僕もワシントンDCで過ごすなんて全く思っていなかったし、スーツを着て大きめのシャツの袖を気にしながら歩いているのが本当に不思議に思えるときが多々ある。

夜は、スイスのジュネーブに旅立つナイジェリア出身のオイザの家で映画鑑賞会をした。Eastern marketの閑静な住宅街の中にある一週間だけの彼女の借家は、アメリカの都会の家のイメージそのままで、そういう家にあまり免疫のない僕と中国人の友人は写真をとりまくっていた。

Scimg1136_3

そして彼女が選んだ映画が冒頭に貼った『namesake(その名にちなんで)』。この映画は、インド人のアメリカ移民の話。とある出来事から「世界を見ること」を心に決めてアメリカにやってきた移民第一世代の夫婦。お見合い結婚の二人が異国の孤独の中で愛を深めていく。そして子供たちが生まれ、成長していく過程を通じて、世代間のアイデンティティの変化が軽快なタッチで描かれている。

実際、本当にすばらしい映画だった。アフリカやカリブ、中国出身の4人の友人たちと一緒にこの映画を見ていると余計感慨深かった。最初の子供が生まれたときにインドで子供を育てたいと願う妻に対して、

「この国はland of opportunityだ。子供をこの国で育ててその機会を与えてあげないか?」

と夫が言うシーンは、印象深かったところのひとつだった。移民というものについて、あるいは他の国に身を置いて人生を送ることについてとても自然に考えさせられた。

最近、留学生の友人に卒業後どうしたいのか聞くと、一番多かった答えが「アメリカで職を見つけ、出身国にあるオフィスに配属されること」だった。

他の国で人生を送ることを考えるとき、天秤にかけられるものはたくさんある。言語も含めて文化と呼ばれるものすべての違い、故郷への心理的な結びつき、治安やサービスの違い、そして賃金のギャップ。特に賃金のギャップを考えたら発展途上国と呼ばれる国出身の人たちにとっては、帰るか残るかという問題は自分よりシビアなものだと思う。僕のプログラムにおいては、東アジア以外の地域の留学生のほぼ全員が英語を全く苦にしていないし、少なくとも自分から見える範囲ではアメリカにおける人間関係もとっても豊かだ。それでもやっぱり帰りたい、それが故郷というものなのだ。

夜遅くにオイザの家から僕らのアパートへ帰るとき、犬の散歩をしていた上品な夫婦が僕たちを見て進路を変えたとかでちょっとした議論になった。ケニア出身のルームメイトは

「この国でブラックであることはそういうことなのさ。今が深夜だってことはあまり関係ない。昼間だってそうさ。人通りが少ない道を歩いていて、向こうから白人が歩いてくる。そうすると彼らの多くが道の反対側に渡りなるべく距離を置こうとする。シラキュースでも毎日あったことだ。」

と言っていた。彼の場合、多少人相が悪いことも関係していないわけではないと思うけど。昨日は彼が電柱に寄りかかって電話している姿がマフィアみたいだと言って、中国人のルームメイトと爆笑しながら写真をとりまくっていた。

故郷への心理的な結びつきももちろん人によって違う。特に、僕の二人のルームメイトは本国にフィアンセに近い恋人を残してきているので、毎日2回以上長電話しているような連中である。

「きみは本当に幸運だ。俺みたいに毎日こうやって時間とお金を使わなくていいし、とっても自由だ。俺からすればきみだけ税金を免除されてるみたいに見えるよ。」

果たして自分が幸運なのかも、自由なのかも分からないけど、ひとはいろんな人に、場所に結びついて、自由になって、また結びついて生きている。そう考えるのにうってつけの素敵な昨日でした。

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風と太陽と

一気に気温が上昇しているシラキュース。今日はまさに最高の天気と言っていい心地よさでした。もうほんとにそれだけで、すべてがうまくいくような、試験やらインターンやらなんて結局たいした問題ではないようなそんな気がするから不思議なものです。

おそらく日本もGWを間近に控えてとても気持ちのいい風が吹いているのだろう。でもこっちの風もほんとにすばらしい。そして何よりも素敵なのは、急激に遅くなった日没。今の時点で、だいたい8時くらいなのかな。空は僕がはじめてここに来た時の青さを取り戻して、道行く人たちのテンションも5割増し。フラタニティの男子学生たちは、ここぞとばかりに上半身裸になり冬の間に鍛え上げたのかもしれないとてつもない筋肉を披露。これだ、これがアメリカ!

学校の中心にある芝生の広場では、朝から寝転がって本を読む学生も現れた。午後にはラグビーボールや、フリスビーで遊ぶ人たちまで出そろい、夏のビーチのような雰囲気。僕はずっとなぜアメリカ人はダウンジャケットの下がすぐに半そでなのかをずっと疑問に思っていたけど、一瞬のうちにTシャツになり、短パンになり、ワンピースになり、この風と太陽を100パーセント浴びるためなのではないかというとても好意的な結論に至った。とにかく、何にもしてないのにいきなり外でだらだらし始めた彼ら。実のところファイナル直前の彼ら。そんなシラキュースの学生たちは、ある意味でとても健康的だと思う。

最近、深夜に窓を開けて、ちょっと昔のブラックミュージックを聴く。

蘇り始めたビールへの欲求。

午前中に全く無意識に思い出した谷川俊太郎の詩。

とくに良いのは、ミニスカートとヨハンシュトラウス。

ちくしょう、ファイナル前なのに、ダメなやつらだぜ!

というわけで今の気分はなぜかこれ。夏はやっぱりこういうビートなんじゃないかな。まったくトレンディではありませんが。

http://www.youtube.com/watch?v=vJct2c3v8eQ

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ときには、ただ週末らしく

今週末は、Martin Luther King Jr. Dayで月曜日がお休み。ということで、昨日と今日は友人宅の小さなパーティに参加してきました。

土曜日は、親友の家で留学生の仲間を集めたpotluck。それぞれの冬休みの話にはなが咲く。友達の母国の写真を見ていると、素敵なことが世界中で起きているような気分になる。こういうときに僕がちょっと前の一時帰国時も含めてこれまで日本で熱心に写真を撮ってこなかったこと、撮ってきたわずかな写真も持ってこなかったことを後悔。そして、ブラジル出身のひょうきん者・エリカの恋の話に興奮。しばしの休息を終え、新しい生活はそこかしこで始まっているみたいです。

今日は、冬のコースの仲間たちと、シラキュースの隣町に居を構えるエリック宅にてディナー。エリックは働きながら公共政策学のExecutive Masterプログラムに通っていて、少しずつ単位を取得しているためプログラムをはじめて3年目というベテラン。

森に囲まれたとても閑静な住宅地で、奥さんのセシリア、生後5か月のエヴァとアメリカでは非常に珍しいらしいアキタ犬(サイズはアメリカン)を含めた二匹の犬に囲まれながらとても美味しいローストチキンをいただいた。大きな子供部屋に、バーベキュー用のテラス、地下室には大きなボードゲームまであり、二階の建築や家のペンキ塗りなどはすべてエリックが自分でやったという。アメリカの豊かさってやっぱり広大な土地を持ち、そして自然に包まれているゆえの大らかさなのではないかと感じた。あんな家に人生で一度は住んでみたいなぁ。

また、僕以外みんなPublic Administrationの生徒だったけど、ほとんどの人がSocial entrepreneurshipや、NGOで働くことに興味を持っていることも分かってなんだかじんわりと刺激を受けた。スーツを着てのオフィスワークではなく、世界中のフィールドで仕事をしたい、制度や組織にしばられることなく独立して社会に直接インパクトを与えたい、そういう発想はお互いを非常に尊重し、僕の依然としてぎこちないトークにも眉も動かさずに耳を傾けてくれる彼らの素敵な雰囲気と少しも矛盾がないように思えた。

ということで、まだまだ勉強みっちりには程遠い最初の週末。このペースが永遠に続けばいいのになぁ。

空がほんとうにきれいで、空気は肌を刺すように冷たい日曜の夜です。

THE STYLE COUNCIL - YOU`RE THE BEST THING

http://www.youtube.com/watch?v=SOGkPJ8LA8I

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Future Plan

最初の一週間の授業を終えた。授業はなかなかやりがいもあるし、おもしろそう。

特に僕の興味を惹いたのは、現代中国史の授業。というかその教授。大学院に入ってから初めての大きな講堂での講義とあって、最初は人数を見てどうしてもinteractionが減りそうな気がしてやめようかとも思ったが、教授のトークを聞いてこれはおさえておくべきだという確信に至った。

中国の歴史が大好きだということが伝わってくるハイテンション、ごくまじめな雰囲気から連発してくる洗練されたジョーク、面白いかなと思ったことは余裕で2回言ってくるチャーム、話に集中しすぎて教壇から落ちそうになっても余裕のジョーク、どれをとっても一流だ。あまりに安定して面白いので、僕が尊敬しているUターンの土田を思い出したくらいだった。国際経済学を教えているLovely教授(素敵な名前だなぁ)もこの講義を学期を通して受講するようだが、中国どうこう以上にこのトークを聞きに来ているのではないかと疑ってしまうほどのレベルである。笑いながら勉強できるって考えてみたら最高かも。

夜はひさしぶりにルームメイトとジムへ。この時間は、僕がすごくリラックスできるとても貴重な時間である。

ビジネススクールで勉強しているルームメイトは、ずっとPhDに行きたいと言っている。でもせっかくMBAをとるんだから投資銀行でも目指したらって言ったら、彼のプランについて教えてくれた。

学部を卒業するころ、仕事がすべてでいいという覚悟で職についたけど、数年働く中でどうしてもそれが我満できなくなった。毎日、24時間の半分とかそれ以上をオフィスで仕事をして過ごすことに、もはや価値は見出せない。

「カフェをやりたい。それで、無償で地域のビジネスをコーディネートする仕事をしたいんだ。機会があれば大学でもビジネスを教えたいが、そこでもお金が欲しいとは思わない。」

彼のプランのロールモデルは、彼がエクアドルで通っていた大学の美術史の先生だったとか。彼女は大学で講義を持ちながら、絵や彫刻の修復をする仕事をし、レストランを経営していた。最高の店で、最高の先生だったという。

「ビジネススクールのやつらには話せないよ。みんなCEOになりたがってるからね。小さすぎる夢なんだ。」

と言っていたが、僕が異常にテンションが上がったことは間違いない。彼がいつもとても丁寧にならべているオリーブやトマトのビン、グラスがなんだかリアルだった。そして、それは確実に僕が共感できる夢のプランであった。

最近またもや仕事のことでいろいろと悩みはじめている自分。いずれにせよ、将来の選択は心底わくわくするものでなきゃ。それでどこかの誰かにとって広く利益になる何かができたらって思う。

Fleetwood Mac "Dreams"

http://www.youtube.com/watch?v=qnBR6mTjAFg&NR=1

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冬の夜長に

遠い夜明け 遠い夜明け
販売元:TSUTAYA online
TSUTAYA onlineで詳細を確認する

アパルトヘイト体制下の南アフリカで・・・

パッケージ裏の筋書きを見た瞬間に反射的に映画の方向性についてのカテゴライズがはじまってしまうのは僕だけではないと思う。それは24歳というそれなりの年齢までにそれなりに見てきた映画の数のせいなのか、あるいはパッケージ裏の画一化されたフォーマットやnarrativeのせいなのか。言ってしまえば、少なくとも僕はときにほんとの意味で映画というのもを「消費」しがちです。なんだかやる気が出ないとか、ちょっと新しい刺激が欲しい、そういう夜に。そしてときおり厄介なのは、僕が特に近年レンタルビデオコーナーで次の日に引っ張らないだけの軽さを求めてしまうことだと思う。

それなら、僕が大事にする「次の日」とは何のための次の日なのか。勉強をし、世界の中で起こっていることをもっと知るためなのか、次の学期のスケジュールを楽にするためなのか、ただ教授や友人にほめてもらうための準備をする次の日なのか。あるいは仕事をしている人にとっての次の日とは、家族を養うためなのか、世の中を少しでもよくするためなのか、お金を稼ぐためなのか、同僚の信頼を勝ち取るためなのか、上司に怒られないためなのか、その日のタスクをこなすための次の日なのか。

いずれにせよ、この映画は視聴者の心の栄養とか、考える材料とか、自己変革とかそういうもののために作られたわけではないと思う。一つの国を実際に変えること、そのために世界のより多くの人たちの力を借りることこそが製作者の願いだったはず。それと矛盾することのない、映画としての完成度の高さ(なんで映像もこんなにきれいなんだろう)は現実というものがときにいかにパワフルかということを僕に再認識させました。

僕は以前、とある講演会でスティーブ・ビコについてのお話を聞いたことがあるけど、この映画の通じて彼の思想の深みを再確認。そういう意味で、開発という名のもとに働く人、植民地について考える人、国籍や文化の異なる人たちとともに生きようと考える人たちは彼の主張を考えなくてはならないのではないかと思う。それは当然、僕も含めて。

とにかく、ここにこうやって書くことによって、少なくともこれを見る人にこの映画のことを教えたいって。そう思わせる、すばらしい映画でした。

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愛犬の死

日本に帰ってきてから早5日。この間にもいろいろ思うことがある。

僕が帰国した翌日の午後、小学校のときからずっと飼っていた二匹の犬のうち、母親犬が亡くなった。もう15歳近くだった。親いわく、9月くらいに一度動けなくなるくらい容態が悪化してから、奇跡的に回復して、でも11月くらいから一切ご飯も食べられなかったとのこと。なでてやった頭は、やせてしまったせいなのか筋肉が硬くなっていたのか、とてもこわばっていた。朝ほにゅう瓶で水をやったときには、頭も持ち上げられなくなっていた。死んでしまったときは本当に悲しかったけど、それでもやっぱり会えたことはうれしかったし間に合ってほっとしたのが正直な気持ちだった。

僕や兄が大学生になって一人暮らしを始めてから、やたらと犬に優しくなった父。僕が帰国した夜、外で出迎えてくれた後は犬のところに行き、「今、最後の時間を生きているんだ」と言った。こういうときの親父の言葉は、本当に心に残る。帰国と犬の死を電話で知らせたとき、おじいちゃんは犬も僕を待っていたんだねと言った。

高校受験の合格発表の日、朝落ち着かない気持ちでいつもと違う道を散歩したことを今でも鮮明に覚えている。でも、そのころから、それ以前から知っていたのは、僕が大人になったとき、犬はすでにいないのだということ。15年間生きたということは、犬生をまっとうしたと言っていいんじゃないかと思う。

そして一方の僕。まさかこの時点で、「冬休み」なるものを持ち、昼間からファミレスで勉強し、親と異常にかさんでいる学費の話をし、少年ジャンプを読んでいるとは小さいころの大人のイメージからすれば全く想定外だ。ものすごく控え目にいえばマスオさんみたいに働いているつもりだったのに。

いずれにせよ、僕自身が選んだ環境の中で自分にとって最高の選択をしていく以外に道はないということは分かっている。そして、大人になることが、ひとまず経済的自立を達成することだという何度と聞かされた意見もやっぱり腑に落ちないところがある。それを自ら選びとったっていう自覚と責任と毎日の刺激を欠いている限り。

ということで、現状の自己正当化を済ませたら、あとはやるだけ。

僕はほんとの大人にならなきゃいけない、何度もそう考える冬休みのとある午前中です。

The Beatles "Martha my dear"

http://www.youtube.com/watch?v=QTktu8TzB00

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The Blessing of Civilization

たいそうなタイトルをつけてしまったけど・・・何が言いたいのかと言うと、ついにi-podを手に入れました!

友達がずっと売ってくれるって言っていたのだが、いかんせん彼が忙しくて自分の曲を整理するひまがないということでたぶん2か月くらい引き伸ばされたんだけど。ようやくです。

2GBのnanoを$40で購入っていうのが良い買い物なのかどうか怪しいところだけど、僕が聞いたことない音楽のコレクションも手に入れたし、とりあえずまあいいかということにした。そこで今日は大学の売店で、nanoにかぶせるケースやイヤフォンを購入し、さっそくジーパンにぶらさげてみたりしてテンション上がっていました。留学準備時代に鬼のように酷使したソニーのICレコーダーがいつの間にか僕の手元から消えていたので、喜びはひとしおです。というわけで今日は自習室の窓際のお気に入りの席で勉強しながら、ジャズを聴いてみた・・・何も聴かずに勉強するのに慣れている以上、能率が上がるわけもないですが。

そして今日はふとしたことから、留学生たちのお食事会に参加した。なんにせよいろんな国から来た知らない人たちと席をともにするのは本当に素敵なことである。

話題は、Thanksgiving後のBlack Friday(どこの店も一斉にセールをやる日で、例えばWalmartではPCを$200~300で販売していたらしい。Blackはどうやら「黒字」の黒)に集中。実際の店舗だけじゃなくて、インターネットでもセールをやっていたらしい。「それをなぜ事前に教えてくれないんだ、ちくしょうめ」という気持ちはぬぐえなかったけど、そんな話から留学生センターのおじさんが

「私が子供のころにはテレビさえなかったのに、インターネットでBlack Fridayのショッピングができるなんて、なんというか信じられないことだよ。」

みたいな話をしていた。しかし、さらに印象に残ったのはルーマニアから来た陽気なコリーナの話。

「テレビが家庭になかったのなんて、ルーマニアでは10年くらい前の話よ。私が子供のころは家にテレビはなかったし、イギリスにはじめて行った時、水とお湯が蛇口から出ることが信じられなかったわ。あと道を行く人たちが陽気な顔をして通りがかりに挨拶なんかすることにもね。」

あー、中東欧やロシアについても勉強したい・・・。時間さえ、あれば。

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That's like American

Thanksgivingの5連休3日目の夜。メインキャンパスも僕の住むサウスキャンパスも相変わらずの静寂。ちょっと立ち寄ったCVSにもお客は一人もいない。そして今日は、太陽は雲の隙間から覗いているのになんだか骨が痛むくらい寒くて、さらさらの細かい雪が降り続けた。

どこに行っても混んでいそうな都会と違い、完全ににぎわいを失ったシラキュースはそれはそれで気分転換にはなるのだが、あまりに静かすぎるのも困ったもの。雪は降らずとも天気は曇りがちだし、人影のない寮は最近よく森から出てくる数匹の鹿が陸の孤島のような雰囲気を演出しており、吹雪とか湯けむりとかに乗じてなんだか殺人事件でも起きそうな雰囲気である(去年、近いことが近くの棟で起こったらしいので笑えない)。

そんなところに残った人たちこそ団結力は強まるもの。Thanksgiving当日であった昨日は、大学院のクラスメートのアパートでディナーをいただいてきました。

集まった7人に対して、友達が早朝から時間をかけて作ったというターキーは9kg。一人1kg以上の計算でした。その他の料理も含めて、たぶんアメリカに来て食ったアメリカ料理の中でも(括りはあいまいですが)一番美味しかったんだけど、24時間以上経っても胃が落ち着いてこないくらい食べすぎました。特に驚いたのが、高校は一学年10人だったというどいなか出身(笑)のマギーが焼いてきたパン。ものすごくいいにおいがして、手作りならではのしっかりとしたこしがあり、自然で豊かな甘みがあった。たぶんこれまで食べたパンの中でも一番おいしかったレベルで、正直彼女のことを好きになりそうなくらいでした。

そして家主のイアンの選曲も完璧。暖炉にくべられた木がぱちぱちと音をたてるなか、レイ・チャールズやヴァン・モリソンなどソウルフルであったかい音楽。僕がこれまで夢見てきたものに限りなく近い雰囲気を味あわせてくれました。ボードゲームやトランプをやったのもひさびさだしとても新鮮でおもしろかった。

連休も残すはあと二日。手元にある多くの課題を考えると短い気がするけど、そろそろルームメイトの迷惑な一人笑いが聞きたくなってきたなぁ。

そんなわけで、今夜もこの静寂をかき消すための一曲を。このコーラスは本当に心をこめて歌えそうだわ。

REM "Fall on me"

http://www.youtube.com/watch?v=6Omn0ga4fJg

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Thanks, God

火曜日のプレゼンは、順調に終了した。順調というのは、教授がeasygoingを自称していることと、彼が僕を人数の少ないクラスにおいて(彼の研究対象である自動車産業のキープレイヤーである日本出身という意味でも・・・)貴重な留学生だということを認識してくれているのを織り込んでという意味だけど。

優秀なアメリカ人のPhDの生徒みたいに、しっかりした構成とジェスチャーを盛り込んだハイレベルなプレゼンを行える日は果たしてくるのかなぁ。内容自体は決して劣っていたとは思わないけど、リスナーの反応をうかがう余裕が全くなくて、とっさに思いついたジョークも言わずじまいだった。アドリブで使える語彙は少なすぎだし、こういうのはほんとにやり続けて慣れていくしかないのかもしれない。

プレゼンを終えた火曜の午後は、学校も寮もThanksgivingの5連休を迎える安堵感とせわしなさがただよっていた。僕の予想以上に、この休暇は特別なものみたいだ。大型連休としては日本のGWに近いのかもしれないけど、雰囲気は完全にクリスマスの豪華版前祝い。

昨日の夜散歩をしたときに気づいたのだが、僕の住むサウスキャンパスの人口はすでに半分以下になっていたような感じ。今日のお昼過ぎに学校に行った時も、週末でさえわりと混んでいたバスがガラガラだった。ルームメイトはデトロイトに住む親せきの家に行き、大学院やその他の友人の多くもNYCやボストンへ旅行に行った。

僕はというと、とりあえず活動範囲は市内に限定されそうです。ボストンのつけがまだかなり残っているし、ファイナルのためのリーディングにも着手してなかったから。

とにかく神様、ありがとう。僕に時間をくれて。

そうそう、最近、近所のグローサリーの選曲が予想以上にやばいことに気づきました。ちなみに今朝流れた曲はこれ。洗剤やキッチンペーパーが入った袋を両手にぶらさげつつも帰り道が、やけに清々しく感じられました。

Van Morrison

Into the Mystic

http://www.youtube.com/watch?v=p2hNKt25Lx0

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雪が降る街

Cimg1013 今朝起きて外に出たらこんな状態に。ルームメイトは完全にこれからリフトにでも乗りそうな雰囲気で今日もビジネススクールへと出かけました。そんな彼の後ろすがたがちらりと見えるけど・・・。

写真のように空に切れ目が見えた時間帯もあったんだけど、また厚い雲が完全に空を覆っており、シラキュースでは今もしんしんと雪が降り積もり続けています。

なんだかんだでThanksgivingまで一週間を切った今週末は、来週のプレゼンの準備と今学期「最後の」宿題たちに追われそうです。「最後」って、ほんと良い響きだなぁ。

そうそう、昨日は雨の中、ECG(English Conversation Group)のリーダー主催のpotluckに参加してきました。ここには書く機会がなかったけど、僕は自分のspeaking&listening能力のやばさを危惧して、今学期は毎週1時間のフリーコンバーセーションに参加していたのです。そのグループが僕の会話能力向上に役立っているのかは時間も少ないしよく分からないけど、friendlyなメンバーにも恵まれなかなか楽しい時間を過ごしています。

リーダーのErinの家には暖炉があって、猫がいて、ハツカネズミがいて、すごくあったかい雰囲気だった。僕は時間がなかったのでぶどうとイチゴだけしか持って行けなかったけど、他のメンバーが用意してきてくれたトルコ料理や中華料理もいい雰囲気を演出してくれた。でもやっぱり一番うまかったのはErinが5分で仕上げたメキシコのトルティーヤみたいなやつである。違う呼び方があったはずだけど(しかも3回くらい確認したはずなのに)普通に忘れた。最近、ものを覚えるのがどんどん苦手になってきている気が・・・。

みんなそれぞれThanksgivingや冬休みの予定をしっかり立てていて、話題はすでに休みのことでもちきりである。そして、帰国前の体重のことで。

僕はその点、毎日自分でヘルシーなパスタを作って食べているから問題ないと言ったら、

「なんだかあなたHaruki Murakamiみたいね。」

とErinから突っ込まれた。こんな微妙なネタで、アメリカ人からつっこみを受けるとは。Haruki Murakami恐るべし。

冬休みには小説を読もう。そう心に決めた僕でした。

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寒くなってきた

今日は、Eid-Al-Fitrというイスラムのラマダン明けを記念する祝祭日ということで、大学はお休み。3連休の初日ということで、僕が住んでいるサウスキャンパスの一帯はなんとなく気が抜けた雰囲気が漂っており(完璧な主観ですが)、僕もそれにシンクロしつつ午前中はだらだら。午後からようやく、昨日購入した大学のロゴ入りのタンブラーにカフェオレを注ぎ、自習室へと出かけました。

僕は結局以前書いた国際機関&NGOマネジメントの授業を切ったので、今は3科目しかとっていないため、もともと休日は多い方だ。だからこそ、あまり知らなかったのだが、大学が祝日で休みになることって、こと秋学期に関してはかなり少ない。たぶん学期の最初にあったLabor dayの次の祝日が本日のEid-Al-Fitr。そしてたぶん次は11月後半Thanks givingの連休ってことになるみたい。

そんな貴重な3連休ということもあってか、休日の学校行きのバスにも関わらずかなりの混雑。学校にあるバス停で降りてみると、待ち合わせの相手を見つけては手をつないで歩き始める人多数。今日はまた一段階寒さが増したので、コートを着てる人なんかもたくさんいて、とりあえずなんだか心和む光景だった。僕の方はというと無駄に重いラップトップと統計の分厚い教科書が入ったバッグを持ち、完全に服装もミスってTシャツにパーカーでのそのそと自習室へ。僕が浮いてるわけじゃない、これが留学生のスタンダードなはずだ。

とりあえず自習室ではいつまでも眠気がおさまらない頭で統計学の宿題に取り組む。最近なめててちょっと予習をサボっていた効果が出たのか、なんとなく前よりよく分からない。Central Limit Theoremってなんだっけ?あれ?とか思いながら定義を3回くらい読んでみたんだけどそれがどんな場合に適用できるのかってのがいまいち思い出せない。やっぱり統計ってのは、練習問題をさぼったりしてはいけないらしい。

そんなこんなで結局宿題を終わらせることができないまま、祝日にも関わらず普通に授業をやっていたビジネススクールでルームメイトと合流。そのまま、語学学校時代の友達でとなりにあるSUNY ESFの大学院生のお家で夕食をごちそうになりました。インドネシア出身の彼女は誕生日を迎えたばかり、ラマダンを終えたばかり、(実際のとこ一か月前だけど)新居に越してきたばかりということで、とにかくそういうことにかこつけてなんか久しぶりにまったりと素敵な時間を過ごすことができました。インドネシア料理は、ベトナムのフォーに似た○○○(忘れた)っていう麺だったり、ナシゴレンだったり、ふつうのチキンウイングだったり・・・とにかく本当においしかった。僕の味覚は確実にアジア人だって何度も思ったことを今日も再確認しました。

でも僕がぞっとしたのは、同じくESFに通っているというシラキュース生まれの地元っ子、ジェニファーの一言。

「雪ってだいたいいつごろ降り始めるの?」

という誰もが興味しんしんだった質問に対して、

「そうね。明日ってこともありえるわ。ここの天気は不安定だし、もう10月だから。」

え?ほんとに?かんべんしてください。

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こっち来てから

気づいたら、日本を発ってから2か月が過ぎてた。僕は7月6日に成田を発ち、NYCで友人と旅行してから大学院のあるシラキュースにきたので、旅行も含めてということだけど。

英語の方は、正直言ってなかなか難しい。実際問題として大学院の授業ではディスカッションやグループワークでもない限りほとんどしゃべる機会もないし、宿題の量が増えるほど、「しゃべる」という意味で英語を使う量は減りそうだ。これは問題だ。1年前から来ている大学院の人もその辺が課題だって言ってたし。ま、気長にやるしかなさそうだなぁ。

とりあえず、逆にこっちに来てからもっとも変化が激しかったのは、おそらく食の面です。

基本的には快適だったけど、死ぬほど暑い日がときおり訪れたシラキュースの夏。僕は人生でここまで飲んだことはないってくらい、コーラばっかり飲んだ。これは俗にコーラホリックと呼ばれる現象なんだけど、とにかく寝ても覚めてもコーラばっかり飲んでた。たぶん、水分はコーラ以外からとらない日もあったんじゃないかなぁ。こっちのペットボトルは計量の単位がmlではないということもあって、日本で一般的な500mlタイプのペットボトルより少し大きめに作られているんだけど、それを平均して一日に3~4本は空けていた気がする。

それと同時に、どハマりだったのがプリングルス。僕はもともとプリングルスの濃い味が日本にいるときから好きだったのだが、そもそもスナック菓子なんて家飲みでもない限り全く食べなかった。しかし、友達が家で勉強する前に大量に購入しているのを見るとうらやましくて僕もついつい買ってしまい、開けると30分以内に長い筒すべてをたいらげているという始末。これは小さい頃からのくせなんだけど、スナック菓子ってまじで止まらないんだな。

しかし、それらのブームもいつのまにか過ぎて、最近僕が注目しているのはチョコレートです。甘いものというのは、勉強をするときに非常に助けになるもの。今週もおそらく3パックはチョコをたいらげたよね。うん。とくに、CVS(日本でいうマツキヨみたいなとこ)でも売ってるシュガーレスチョコキャンディっていうのが好きです。

こう書いてみると、なんかすげー不健康だなぁ・・・。いや、実際主食はやっぱお米なので、大丈夫ですよ。むしろこれからやつれていかないか心配なくらいです。ほんとに。

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或る夜の出来事

Scimg0952 僕が住んでいるところは、キャンパス内にある寮。僕の友人は、僕のアパートの3倍はあろうかという暖炉のついたアパートに僕より安い家賃で住んでるけど、渡米前に1年間の契約をしてしまったし、いいところもあるのでまあいいか~という感じで住んでいます。

寮のいいところといえば、大学院のあるメインキャンパスまで約10分間隔でバスが出ており、そのバスは朝7時から深夜3時まで動いているということ。セキュリティがしっかりしているということ。中くらいのグローサリーストアが徒歩10分の距離にあるということ。そして、ルームメイトがいるということです。キッチンとリビングは共用だけど、ベッドルームは2つあるためプライバシーは確保されているし(音はわりともれるけど)、家にいてもだれかと話す機会があるというのはすごく大事なんじゃないかと思います。

僕のルームメイトはMBAプログラムに全額免除で通っているエクアドル出身のすごく優秀な人。社交的で、ちょっと神経質なくらいきれい好きで、僕が汚くしても笑顔で「OK」と言ってくれる、まさにルームメイトの鏡。

リーディングをある程度終えてほっと一息ついた昨夜2時半、シャワーを浴びようと部屋のドアを閉めたところ、なぜかロックがかかり入室不可能になった。僕の部屋のキーはすごくデリケートで(というか僕が仕組みを把握していないため)、いったいいつロックがかかるのかよく分からないのだ。

となりの部屋を見ると明かりは消えており、ルームメイトは確実に寝ているだろうと思ったのだが、ドアをこんこんならしつつ、とりあえず3回ほど助けを求めてみました。というか確実に起こしました。

「ごめん、部屋のドアをロックしちゃって、きみの部屋の窓を使わせてもらってもいいかな?」

「それは大変だね。外から入ろうとしてるのかい?」

「うん、そうなんだ。ありがとう。」

ルームメイトの部屋の窓から僕の部屋に侵入できないかと思い、彼のベッドの横にある窓から外に出ようとがちゃがちゃしたのだが、窓はもともと安全対策で開かないようになっており、その試みは失敗。その間ルームメイトはあまりにも眠そうでした。

そこでとりあえず外から侵入することを考えたのだが、僕の部屋は二階にあり、まったく足場が見つからなくてよじ登ることも不可能だったので、昨晩は共用のリビングで寝ることに。

しかし、リビングのソファは意外に快適で、自分の部屋より広いリビングの暗闇の中にいると、さもお泊り会でもしているような気分になりテンションが上がってきた。そして、わりとウキウキ気分で睡眠に突入することができたのです。

次の朝目覚めてみると、なんとパーカーをひっかけて寝ていた僕の上に、ブランケットがかけてありました。朝方、ルームメイトがかけてくれたらしい。おかげで自分の部屋以上に長時間寝てしまったわけですが、やはり持つべきものはルームメイト。彼に携帯を使わせてもらい、セキュリティサービスを呼んで、さきほどようやく自分の部屋に戻ることができました!わーい。

ということで課題やらなきゃ・・・。

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