以前このブログに書いた「母から母へ」の翻訳者でもある南アフリカ研究者、経済学者の峯先生による本。国際開発研究の第
4回大来賞受賞作品。ひとことで感想を言えば、名著。筆者があとがきでも書いているように、アフリカや経済学に関心がある人だけじゃなくて、他の地域に関心がある人、政治学、社会学、国際関係学、humanityに興味がある人もぜひ読むべき一冊だと思う。
僕はほんの3カ月前まで、この夏は南アフリカにいるつもりマンマンだった。大学院に入学する前、一年と少しアフリカ関係のボランティアに関わらせていただき、いろいろ学ばせていただいたけど、その中でもとても印象的だったのが峯先生にも講演をしていただいた連続セミナーの体験。以来、自分の生まれた地域であり、多少なりともバックグラウンドがありまさに世界経済の中で急激に存在感を増している東アジアと、大学卒業するまで経験として全く接点のなかったアフリカの間で、自分はいったいどちらを専攻すべきなのかを考え続け、大学院入学時点で南アフリカと中国両方に行くプランを決め、とりあえずの妥協点を見出した自分。しかし、結局ひょんなことから南アフリカ行きを断念させられ、現在ワシントンでインターンしながら現代中国の授業をとり、コンサバティブにも完全な東アジア専攻となっている自分です。国際関係学という領域を大学院から専攻したことにも表れているように、僕はもともといろんな領域にどんどん手を出す傾向があり中途半端な、あるいは社会的には有害ですらあるのかもしれないジェネラリストになっちゃうのではないかという怖れと、同時に何かの領域でスペシャリストになるためにも未だに自分の知識のスコープは狭すぎるのではないかという認識もありますが。いずれにせよ、この本を読んでやっぱりアフリカも、開発の経済学・政治学も最高に魅力的だと思わされました。
この本に感銘を受けた一つの要素として、語られていることが春学期の授業のひとつCulture in World Affairsで自分自身が得た問題意識を、アフリカ地域研究、開発経済学の視点から高次元で包括していることが挙げられると思う。この本を読めば、以前このブログでも紹介したCulture Mattersの(特にアフリカについての)議論がどれだけ狭量かということが浮き彫りです。
ちなみにCulture Mattersで提示されているパラダイムはアフリカにおける経済の停滞を、直線的な人類の発展=経済や西欧的民主主義の発展という世界観の中で「低開発」に位置づけ、主に先進国/援助者としての視点からこれまでの経済発展の失敗を「アフリカ文化の耐久性」に求めようとするもの。この考え方自体から学べるものもないわけではないと思うけど、この考え方を採用して議論している寄稿者の大部分は、文化に対して従属的な個人を仮定して個人の主体性を無視したり、アフリカ大陸がアフリカ文化を持っていることを前提として内部の多様性を無視したり、あるいは、例えば「貯蓄を美徳とする価値観」の欠如が資本蓄積が起こらない原因みたいな感じでジェネリックな価値観と経済発展を単線的に結びつけたりとか、とにかくいろいろな落とし穴に陥りがち。それが僕が授業のファイナルペーパーで書いたCulture Mattersに対する批判だったんだけど、そういった僕の問題意識を完全に包括して、社会科学として本当に豊かな議論をしている本だというのが読了後の素直な感想です。
ベイツの都市偏重の開発政策の批判とか、ハーシュマンの「退出・告発」モデルとかも含めて目からウロコだった点は多々あるんですが、とりあえずその中でもアマルティア・センと関連させた飢饉についての議論について。たぶん開発経済学を学んでいる人にとっては基本的なレベルの議論なんだろうけど、世界の食糧危機がメディアで盛んに叫ばれている今日とても重要なトピックだと思うし、非常に面白かったので少し引用、メモしておきます。
飢饉について
・(エチオピアのウォロ州で、農業生産が激減したのにも関わらず生産物が他の地域に流出したことを受けて)特定の地域で食糧不足が起きれば、周囲の地域から食糧が流れ込む。少なくとも道義的には、そうなるべきである。だが、非常事態において公的な介入が弱く、生の形で市場メカニズムが機能してしまうとき、そんな食糧の流れが期待できるとは限らない。貨幣がなければ欠乏は重要に転化せず、需要がなければ供給は発生しないからである...市場における需要は、生物学的な必要度や心理的な要求を反映するのではなく、交換エンタイトルメントにもとづく選択を反映するにすぎない。交換すべきものをもたない者は、多くのものを重要できず、その財に対する必要度があまり緊急でない者との競争に敗北する。
・後進的な農業技術のせいで、食糧生産の増加率は人口増加率に追いつけない。だから飢饉が発生する―これが一般の「常識」である。だが、センはそうは考えなかった。農業問題は確かに重要だが、収穫が減少したから飢饉が発生するというのは、あまりにも素朴な単線的因果論である。気候の変調を真の悲劇に転化するのは、あくまで人間の所業にほかならない。政策の改善と公共の参加があれば、悲劇を防ぐことは可能である。
・英語において飢饉が「大量死に至る飢餓」という意味をもつようになった決定的な転機は、デワールによれば、19世紀にトマス・ロバート・マルサスが引き起こした人口論争にほかならない...マルサスにとって飢饉とは、個々の人間には手が届かない自然的な法則に導かれて、社会に襲いかかってくる現象である。こうして、人口学者、医者、農業統計者による飢饉の「計量化」の時代が始まった。しかし、食糧不足によって劇的な人口減が引き起こされる黙示録的災害としての飢饉は、現実の事例によって確認されたものではなく、あくまでマルサスの頭のなかで生み出されたものである。
スーダン・ダルフールでの飢饉について
・デワールによれば、飢餓の延長線上に飢饉を位置づける点で、センはマルサスの呪縛から逃れることができていない...飢えた者は自分の手持ちの食料を食べつくし、売れる資産は売り尽くし、すべての所得を穀物の購買に充当したうえで、それでも穀物が不足したときに飢餓に陥ると考えられている...しかし(、ダルフールの住民たちは、未来のために現在を犠牲にする選択肢を選んでいた―あえて言えば、この人々は現在の飢えを主体的に選んでいたのである。(具体的には、たとえば干ばつによって家畜の一部を失いはじめた牧畜民は、貯蓄があっても自分たちの食糧は買わず、家畜のための飼料や水を購入したり、家畜番を雇うなど、むしろ家畜を生かしておくために貨幣を支出しようとした。また収穫の崩壊に直面した農耕民は、野生の植物を食べたり、貨幣所得を求めて絶望的な出稼ぎに出たりしたが、出身村落の土地は決して売り払おうとしなかった。)
・飢饉が人々の極度の困窮(destitution)を強いたことは、確実である。だが、この困窮はダルフールの住民にとって、死に到る飢餓の脅威というよりも、生活様式の崩壊の危機として認識されていた...それでも10万人の犠牲者が出たのは事実である...デワールによれば餓死ではない。犠牲者の大部分は病死したのである。ダルフールでは、貧者も富者も、死亡率にはほとんど差異はなかった。ただし、医療施設や井戸が整っていた村落では死者は少なく、逆の村落では大量の死者が出た...ダルフールの飢饉においては、大量死の直接の原因は、食糧不足ではなく、水の制約と人間の移動がもたらした疾病の大流行だったのである。
・(デワールの)目標そのものはセンと変わらない。外部から飢饉に介入しようとする「善意の人々」は、現実のなかから自分のなかの飢饉に適合する要素だけを選択的に切り取って、政策を立案する傾向がある。すなわち、「緊急事態」の名のもとで、外部のものが飢饉の性質と被災者のニーズを一方的に定義し、望まれてもいない「援助」を大規模に投入するのである...(ダルフールの飢饉では)、国際援助機関は現地の行政機構を無視して、独自に食糧の分配網を築こうとする傾向があった...食糧援助そのものが悪いというわけではない。だが、食糧援助の方法とタイミングは決して最善のものではなかったし、後からやってきた外部の救援機関は、食糧の分配よりも保健衛生にかかわる分野を優先させるべきであった。
・江戸時代、18世紀の「天明の飢饉」においても、アフリカの飢饉とよく似た事態が発生していたようである。すなわち江戸時代の飢饉においては、凶作の発生の後、一揆などの暴力的な社会的紛争が続き、階層制度が揺らぎ、それから深刻な病気が流行し、やがて悲劇は終息に向かうというパターンが認められるという。
・センとドレーズは、事後的な医療救援よりも、飢饉の初期段階での食糧エンタイトルメントの防衛の方がいっそう有効だと説く...さらにセンとドレーズは、飢饉防止活動を評価するにあたり、西側のマスコミや社会科学者は、先進国の救援機関の貢献を過剰に賞賛し、現地の政府機関の活動を無視する傾向があると指摘する。
・センによれば、(アフリカと対照的に)独立後のインドで飢饉が発生していないことについて、その最大の理由は、複数政党制が機能してきたことと独立したマスコミが大きな力を有してきたことに求められる。インドの特定の地域で、飢饉の前兆があれば、マスコミは大きく報じ、中央政府と州政府に警鐘を鳴らす。それでも政府が飢饉の進行を放置すれば、政権党は新聞にたたかれ、議会では野党に厳しく批判されることになるだろう。
もっと議論は深まっていくんですが、あまり引用しすぎると著作権に抵触するのかもしれないので、この辺でとりあえずやめておきます(すでにだいぶ引用しましたが、問題にならないことを祈ります)。セン氏は中国の大躍進政策時の史上最大の飢饉(推定3000万人が死亡)についても書いているらしいけど、最後なんかはもろにそれとの関連ですね。
セン氏の問題意識そのものにも個人的にこれまでなんとなく考えてきたことととても共感するところがある。僕は経済学専攻ではありませんが、その問題意識は、「経済学は、ひとりひとりの顔をもつ人間を救うことができなければならない」という点。セン氏は、「開発経済学の最大の弱点は、集計的なデータに対するフェティシズムから逃れられなかったところにある」と述べているそう。
ちょっと強引な議論かもしれないけど、僕はそもそも一人一人の日本人はほんとに「豊か」なのかっていう疑問を持っている。経済規模でいえば、世界2位。一人あたりGDPも、90年代の不況で苦しむ間にアメリカとのギャップは広がったとは言え、世界的に見れば非常に高水準。だけど、こうしたマクロ経済的な指標はある意味で生活している個人個人が感じる「豊かさ」とはほとんど関係がないのではないかと。ここで矛盾するようだけどあえて数字を出すなら、東京では6畳ワンルームの貧相な部屋に毎月7万円とか払わないと住めなくて、多くの人が満員電車で1時間とか2時間かけて勤務先と家を毎日往復してる。東京では公園とか、広場とか、街の外観とかそういう公共財のようなものはアメリカやヨーロッパの都市と比べて圧倒的に貧相だ。まず、そもそも日本って欧米の水準で考えたら物質的にすら豊かではないんじゃないかっていう部分。さらに日本は年間に30000人が自殺してる社会で、引きこもりやニートの問題は、ヨーロッパでもニュースで放送されているらしく彼らですら深刻さを知ってる。国際的な残業時間の比較に表れている以上に多くのサラリーマンがストレスフルな仕事の仕方をしているのではないかという印象を受ける。社会における一人一人の充実感やストレスを正当に表している数字なんてないし、そういう感覚的な尺度で見れば、多くの日本人は欧米の人たちに比べて非常に貧しい生活を送っているような気がしてならない。もちろん、韓国や台湾の新大統領がそうであるように政策を策定する上で、GDPなどのマクロ経済指標の向上を掲げることが悪いんじゃない。でも、一人一人の生活をいろんな側面で豊かにする、一人一人がもっといい顔してる社会を作ることが本当の目標であるべきだ。
脱線しましたが、もう一度話を峯氏の本に戻すと、この本は開発経済学の観点から見れば入門レベルの平易な言葉と概念を用いて書かれているいるらしいんだけど、同時に地域研究や政治、経済を勉強するものにとっていつでも戻ってくるべき重要な視点が展開されている本でもあると思う。僕は秋に中国で経済発展についての授業を取るつもりなんだけど、その前にアマルティア・センなどは必読ですな。
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