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今こそ留学のとき

と言っても、10日後に帰国を控えている僕のことじゃありませんw。

Global Financial Crisis Upends the Plans of Many South Koreans to Study Abroad
NY Times

就職氷河期の再来とか、内定取り消しブームとか、今回の金融危機のような経済変動がある世代を被害者にしてしまう事例に僕は最近より一層興味を深めています。4月からの職場が滑り込みで決まったとはいえ、おそらく僕もその影響を少なからず受けた当事者だと思うし。周りは僕が採用側なら有無を言わさずとりたいのに職が決まらない求職者がたくさんいるし。とにかくリアルなんです。そして上記の記事も。

教育熱心で知られるお隣韓国。シラキュース大でも韓国人留学生の人数の多さには驚いたけど、北京でもそう。清華大学の留学生のmajorityは他を大きく突き放して韓国人です。お金があるお家の子供はアメリカとかイギリスの大学へ、それが無理だったらオーストラリアへ、おそらく好みの問題とかもあって日本へ、それより安く英語を学べるマレーシアへ、フィリピンへ。あるいは金銭面の制約、そして将来のことを戦略的に考えて、大きく発展している中国へ...という具合で2007年の韓国人海外留学生の総数は35万人にまで上った。日本と比べたら、どれだけすごいかよく分かります。

文部科学省 日本人の海外留学者数

これは2003年までのデータしかないけど、2000年前後からほとんど変わっていないことを考えると、現在も同程度なんじゃないかな。そもそも全体の人口を考えると、日本は韓国の約3倍、でも海外留学者数の数は1/5だから、韓国の学生たちがいかに海外での学びに積極的か浮き彫りです。記事によると、アメリカでも一番多いのは中国じゃなくて韓国の留学生なんだね。

これは統計に基づいたものじゃないけど、僕のイメージでは、韓国の学生はやっぱり勤勉だし、勉強ができる。マクスウェルでも、抜群の成績とお茶目な性格で僕が師匠と仰いでいたのは韓国のキャリア官僚の人だったし、これまたいろんな国や年齢の人がいる中国語のクラスでも一番成績が良いのは韓国の女子大に通ってる子。もちろん、これだけたくさんの韓国人留学生がいると、なんとなくつるんでるところとか週末に仲良く飲み会している様子も見える。でも、HSK(中国語版TOEFLのようなもの)対策を行っている近所の予備校に夜通っている生徒の大部分は韓国人らしいし、彼らはきちんと将来を考えて、やるべきことを見据えて取り組んでいる人たちなんだというイメージがある。

実際、ちょっと前に韓国人のクラスメートと飲んだときにも、彼女が中国語をきちんと自分のスキルにしたい、本当に厳しい就職戦線で少しでも役立てるものにしたいって考えていることにちょっと感銘をうけた。もしかしたら世界一かもしれない受験競争の激しさで知られている韓国だけど、就職活動も相当厳しいのだろう。もちろん若者が感じている精神的ストレスの度合いは半端じゃないのだろうけど、その中で一歩前に出ようっていう前向きさと、多少の出費は厭わない親の教育熱心ぶりと、そんな親や環境から離れて暮らしたいっていう思春期的感情がw、彼らを海外に駆り立てているんじゃないかなっていう気がする。

でも、そんな留学ブームに冷や水を浴びせかけたのが、金融危機による急速なウォン安。ここ数か月で、ウォンは対ドルレートで約1.5倍 ― つまり、彼らがアメリカ留学に必要な予算が1.5倍になったことになる。ウォンは他の通貨に対しても軒並み価値を下げている。最近のウォン安による韓国旅行ブームはカウンターバランスとして働く部分があるけど、気軽に旅行に行けるようになったかの地では、海外留学の夢を断たれた多くの若者たちが、今、たぶん、眠れない夜を過ごしている。

一方円高で、輸出企業の危機にさらされている日本だけど。そんな今こそ、お隣韓国を見習うときなんじゃないかな。就職活動で苦しんでいる学生たち、これからの就職活動に大きな不安を抱えている人、あるいは転職したいけど今辞めたらまずそうだと思っている社会人の方、解雇の対象になってしまった人、ちょっと日本の外に目を向ければ、僕がそうした1年半前よりもずっとリーズナブルな学びの機会が転がっている。今年アメリカの著名MBAプログラムは、金融機関をはじめとする一流企業から放出された志願者が競争している関係で空前の高倍率になっているって話だけど。それでも、通貨安によって今年の出願をあきらめている学生が世界中にたくさんいるってことも事実だし、全体的にはまさに今こそ留学のときだと思います。近い将来の見通しがぼやけている今こそ、教育を受ける機会とか、海外に身を置く機会とか、そういう選択肢をより長期的な視点で考えてみてもいいんじゃないかって思います。

それにしても、韓国での海外留学ブームを考えると、そして僕の1年半を考えると、やっぱり将来たぶん持つことになるであろう子供に留学っていう選択肢をきちんと与えてあげたいっていう気になる。自分のようにゲーム大好きで、家にいるのが大好きな子だったら、中学3年のときに僕が市のオーストラリア派遣の話を迷わず断ったように、まず自分から行くとは言いださないかもしれないw。でも、大きくなっていく過程で、いろいろ自分の経験について聞かせてあげたい。そのころには、僕の中ですでに留学してほんとに良かったって思っている今以上に、この1年半の思い出が輝いているんだろう。

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Now we need CHANGE as well

アメリカの自動車メーカーの救済案がアメリカ上院で否決された。

これについては賛否両論あるんだろうし、僕個人としてはどちらかというと共和党反対勢力の論理に同情的なんだけど。でも、ネガティブな側面として一番こわいのが消費者心理の著しい悪化。自動車産業は階層的なピラミッド構造になっていて、最上部の組み立てを行うGMやフォード、クライスラーといった会社を無数のサプライヤーが支えているから、頂点が破産申請した場合影響がどこまで広がって失業者が増えるのか、末端で整理不可能な資産がどこまで失われるのか分からないというのが一点。それ以上に懸念されるのが、後半に大きく失速しつつも20世紀を通じてアメリカの代表的な会社でありつづけたビッグスリーの破産が、世界の消費者心理に与える衝撃だと思う。そうでなくとも、新聞は連日暗い暗いニュースであふれているのに。さらにGMの破産申告が各国で一面をにぎわす事態になれば、それは今を生きる人々の心理に「これは本当に歴史に残る大恐慌だ」っていうことを深く刻みこむことになるんじゃないかな。そうなったとき、すでにそれは”現実”だ。

ビッグスリーは、よく改革を30年先送りにしてきたと言われる。70年代にトヨタがJust-in-timeとかKaizenの哲学によって世界の製造業に革命をもたらしたトヨタ生産方式を世に広め始めてから、そしてオイルの価格上昇によって大量にガスを食う大陸的な大型車の価値が疑われ始めてから、彼らの競争力の劣後は明確だった。さらには、UAWというおそらく全米で最も強い労働組合との折衝に改革の機動力を絡みとられ、大幅なコスト増を強いられたことが知られている。良くも悪くも、アメリカの古き良き時代―田舎に車庫付きの一軒家を持ち、ピックアップトラックでアウトドアも楽しめば通勤もするワイルドな人生像―の象徴だったのだろう。救済にせよ、破産申告にせよ、ある時代の象徴としての”アメ車”像が、より遠い過去に流されていくことには間違いない。今はハリウッドスターがプリウスに乗る時代なのだ。

でも、彼らの凋落を日本人が他人事のように見られるわけはない。今日のニュースを受けてドルが下落し、1ドル=88円という95年以来の価格に。これが日本の輸出に与えるさらなる打撃を懸念してか、日経も大幅な下げという事態もあった。だけどそれだけじゃなく、アメリカの自動車産業のように、”黄金時代”と突然の凋落を20世紀に経験し、21世紀最初の8年間、停滞の中に居続けたのは日本経済も同じなのだ。そしてたぶん、事態はどんどん深刻さを増してる。

Japan is a shrinking giant

The Economist Intelligence Unit Viewswire

日本経済は今年、年率換算で1.8%縮小したことが先日発表され欧米メディアをにぎわした。EIUはさらにこう予測する。

We expect it will continue to shrink in the first half of 2009 and contract by 1.7% for all of 2009

さらに衝撃的なのはここ。

How bad are things for Japan? This is shaping up to be the country's longest recession since the end of the second world war.

大戦後最長の景気停滞になる...。日本はようやく長い長い景気停滞から抜け出して、控え目な成長軌道に乗り始めたところじゃなかったのか。これは、どう考えてもまずい。もうすぐ社会人になる僕の人生に与える影響を考えても、来年就職活動をする妹の将来に対する影響を考えても、もっといろいろ考えても、とにかくまずい。

そして記事のポイントはまたもやここ。

Ultimately, only sweeping reforms can end Japan's protracted economic malaise.

欧米と違って、日本の企業の問題は浅い。誰の目にも明らかなのは、日本人からも、外国人からも完全に信用を失っている政治が停滞の主要な原因だということ。自民党にも民主党にも国民が支持できない今、そして経済面でさらなる歴史的な試練がもたらされた今、政界の再編が行われずにいつ行われるのだろうか。

そして、どうやらその動きが見え始めたみたいです。

改革派、相次ぎ会合、小泉元首相があいさつ 首相ゆさぶり

EIUの記事の最後にKoizumi Junichiroが触れられるように、欧米誌はいまだに小泉改革の方向性を圧倒的に支持し、期待しているようです。

でも、個人的に自分がこの勢力に期待するのは、より大きな政界再編への呼び水となること。政治的信条に基づいて政党を再編し、争点をより明確化させて、あまりに人々の感覚から遠い政治を近づけること。この課題は、アメリカの金融システムの今後の在り方を模索することと同様に、あるいはそれ以上に大きなものかもしれません。

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Soberness

日本でいう勤労感謝の日あたりから、比較的穏やかだった北京の天候はここ数日で急変。今日は最高気温-3℃、最低気温-11℃で去年僕が冬を過ごした小さな街を思い出させる無情な空気が充満していました。あまりの寒さに加えて、ここ2か月くらい一切雨が降っていないのでありえないくらい空気が乾燥しており、自然に唇の端が切れています。もう12月に入って、いよいよ冬も本番ですね。

ところで、北京の気温以上に冷え込んでいるように思える経済。スペイン人の友人によると、スペインの会社では従業員にプレゼントとしてワインとかを詰め合わせたクリスマス・バスケットなるもの(福袋みたいなものかな)を年末に配布するのが慣習になっているらしいのだが、今年のバスケットの内容はほとんど”shit”だということが報道されているらしい。12月といえば忘年会のシーズンだけど、東京の夜の街の華やぎには影響は出ていないのかな。この記事の麻生さんの笑顔が、なんとなく忘年会帰りのおじさん的な...。

Can this place be governed?
If you think the economy is bad, just look at the politics

先進国の間では珍しく"toxic asset"を保有していないのにも関わらず、主に輸出の減退によって景気停滞に突入した日本。日経平均株価の下げ幅の著しさは以前から気になっていたけれども、すでに26年ぶりの低水準に。おそれていたクレジットクランチの兆候もある。だけど、こうして卑近のことを並べ立ててみると現実以上に悲観的に見えてしまうかもしれないのが経済問題。一方で、日本の政治の問題の深刻さはこれ以上誇張しても誇張
しきれませんというのがこの記事のポイント。特に冒頭のこの箇所は痛烈。

It is laying bare the ungovernability of the whole political system over which he (Mr. ASO) presides.

世界で最も影響力のあるニュース誌が日本のリーダーをこれだけ悲観的に見ていたら、日経が下がるのは必然だと思います。かといって小沢氏も麻生氏に支持率で少し負けているくらいの人気のなさらしいし。今の段階で大連立をにおわせても間違いなく”挙国一致”にはならないでしょう。

一方で、日本と同様に悲観的な経済観測がなされている危機発信国アメリカは、着々と政治面での経済危機対応を進めている雰囲気があります。今週の初めに外交チームを発表し終えた時点でのオバマの人選に対する国民の支持率は75%。Secretary of Stateにヒラリーという物議をかもす人選が足を引っ張ったのにもかかわらずこの数字。麻生政権支持率が30%程度まで下がっていることを考えると、危機対応の観点で日本の体勢がどれだけよくないかが分かります。金融システムへの不信によって引き起こされた現在の危機が象徴しているように、あるいはもっと身近な例では僕たちみんなが基本的に信号機に従うからこそ1億の人たちが滞りなく往来できるように、社会がうまく回っていくかどうかというのははっきり言って他人や社会自体に対するtrustがほとんどすべてなのではないかって考えている。国のリーダーに対するそれの重要性は計り知れない。

このアメリカ新政権の支持率の高さの源は、ほとんど"pragmatism"に集約されると言ってもいいと思う。アメリカが個の集合ではなく、”United”であることを主張し挙国一致で目下の危機を乗り越えることを主張したオバマ自身だけじゃない。80%以上の高い支持を得たSecretary of DefenceのGates留任、あらゆるメディアで賛美の声が聞かれたTim Geitner, Larry Summers, Christina Romerの経済チーム編成に象徴されるのが、個人の高い能力に裏打ちされた、あらゆる状況に対応できるフレキシビリティと現実主義。経済危機には、英語でよく"turbulence(乱気流)"って表現が用いられるんだけど、一寸先の不確実さが明らかに増している情勢で、風向きが突然大きく変わったときにイデオロギーやドグマ、利害関係に捉われずに理知的に決断、実行できる人たちであること。それが、彼らに対する信頼の根拠なのだ。

こんな話を書いていたら、以前オバマ氏当選直前に、クルーグマンが言っていたことを思い出した。オバマに対する最後の援護射撃であることを差し引いてもなかなか面白い。

Desperately seeking seriousness

I suspect that the main reason for the dramatic swing in the polls is something less concrete and more meta than the fact that events have discredited free-market fundamentalism. As the economic scene has darkened, I’d argue, Americans have rediscovered the virtue of seriousness...when the world seems to be falling apart, you don’t turn to a guy you’d like to have a beer with, you turn to someone who might actually know how to fix the situation.

ブッシュ大統領は友好的で、利口ぶって大義をふりかざすゴアより一緒に酒を飲みたくなる相手だった。だけど、経済が崩壊していく中でアメリカ人は”真剣さに目覚め”、本当に状況を打開できる人をリーダーとして選ぶことにしたのだと、クルーグマンは言う。

このsoberness、つまり正気さ、”しらふさ”こそが明らかに日本の政治に求められている。個人的には、ものすごく居酒屋な雰囲気のする麻生さん。お酒の席で風刺され、帰りの電車で愚痴をぶちまけられるようなまどろんだ政治ははっきり言って必要ない。酔った友人と同僚と、来年への希望を本気で語れるような、そんな政治こそ忘年会シーズンの肴であるべきなのではないかと思います。

ということで、個人的にも久しぶりにしらふな気がする金曜の夜ですw。

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情報の渦の中のここ

最近ブログの更新が滞っています。というのも、偶然の再会があってそれに夢中になっていたり、それに醒めるとタイミング良く日本から北京まで大学時代の友達が遊びに来てくれたり、中国語勉強熱がうまく再燃して空き時間に集中して単語を覚えようとしていたりと、ここに書いてきたような国際関係や政治経済の文脈とはかけ離れたところに自分の関心がさらわれていたからです。これだけ僕のthinkingとしての勉強の内容から心が離れたのはいったいどれだけ久しぶりのことなのかすでに思い出せないくらいですが、少しずつ元の軌道に戻していかなきゃいけないという思いに駆られている月曜日の夜です。

実際のところ10月に僕のラップトップがクラッシュしてすべてのデータが失われて以降、勝手にメールが送られてくるNYTimes以外のリソースをあまりチェックできていませんでした。今年の5月まで過ごしたシラキュースでは、朝飯を作るときから夜体操をするときまでずっと時間を見つけてはpodcastでニュースに浸り続けていたことを考えると、かなりの怠慢です。もちろん、シラキュース時代と違って現在は語学の勉強の関係で一日の拘束時間が長いっていう言い訳はあるんだけど...。

でも、国際関係っていうgeneralisticな領域を学ぶものとして、あるいはあとわずかで社会に出て国際ビジネスあるいは開発の領域に関わっていくものとして、日々の情勢を追っていくことは暗黙のアサインメントであり、”趣味”以上に日常に食い込んだものでなくちゃいけないという考えに至りました。ここでもう一度心のふんどしを締めなおさなくちゃいけないなと。

そこで、日常生活の中でできるだけ、今日から社会人になった後もチェックしていきたいリソースを整理しようと、放置していたi-tunesのpodcastやブラウザのブックマークを整理したりしていました。せっかくなので、その中で特に面白そうなもの、便利なものを紹介しておきます。ここに挙げるリソースは(残念ながら)今回はぜんぶ英語です。

1. Foreign Policy Magazine - Morning Brief (E-mail ニュースレター)
http://blog.foreignpolicy.com/Morning_Brief
1日の主要な世界のニュースを基本的にワンセンテンスでまとめたニュースサマリー。時間がないときでもさらっと眺められる優れもの。僕はE-mailでこれが届くようにしており、実際これまでの当ブログのニュースに関する記事も、このMorning Briefにかなり依存してきました。それぞれのニュースにはリンクが貼ってあって、元記事に飛んで深く読むこともできるし、これだけは最低限毎日確認していきたいと思っている一番基本的な情報源です。しかも、ユーモアを欠いていないところがとっても重要。たとえば本日のAsia欄で気になったのは、コレ。

The title of the new Guns & Roses album, Chinese Democracy, is causing problems for Chinese fans of the band.

Citiのベイルアウトっていう一大事件の陰にこういうネタがあると、とてもほほえましく思えます。こういうのがあると、ブログの更新頻度も上がりますわ。

2. Bloomberg on the Economy with Tom Keene (Podcast)
http://www.bloomberg.com/tvradio/podcast/ontheeconomy.html

マクスウェルでmacroeconomicsを教えていただいたブラウン教授いわく、最も面白い経済ニュースpodcast。毎回、著名な学者や、金融機関のアナリスト、政治家を招いてアメリカを中心とした世界情勢についてディープな洞察が展開される。実際僕はマクロ経済については基本的なことしか学んでいないし、金融についても素人同然なのでマネーの回には言ってることがよく分からないことが多々あるけど、総じてほんとに面白いです。話題書については著者を招いてのレビューもあるし、季節的な話題も取り扱ってるくるところがツボ。例えば、アメリカ独立記念日前には、NYCのMacy'sやDCのモールで打ち上げられる大量の花火がどこからどういうプロセスを通じてやってくるのかっていう話が取り上げられてたのをよく覚えています。答えは中国沿岸部に点在する小さな花火工場からでした。

3. China Daily (ニュースペーパーweb版)

http://www.chinadaily.com.cn/
中国に留学して中国の勉強をしているにも関わらず、ご当地の時事問題にあまり触れてこなかった理由の一つは、ここのウェブサイトの表示速度が圧倒的に遅くて、チェックするのが大変だからですw。でも、シラキュース大清華大留学プログラム担当のTong教授も、公共管理学院の高名なHu Angang教授も中国のことについて学びたければ最低ここのニュースだけはチェックしろと口を酸っぱくしていますので、なるべくチェックしていきたいです。
一方で、ここのニュースに依存しなきゃならないのは、自分が中国語をまだ満足に読めないからってことも大いにあると思う。中国では、ウェブで政府の影響が最小限に抑えられた草の根の議論が展開されてるっていうのは周知の事実だし、中国語が読めるようになったらいろんなブログも発見していきたいです。

4. RGE Monitor (ニュース分析サイト)
http://www.rgemonitor.com/index.php
金融危機の勃発によって、世界中からひっぱりだこになっているという危機予言者の一人、NYU Stern School教授のNouriel Roubiniがチェアを務める経済ニュースの分析サイト。Economistによって経済関係のウェブサイトで1位にランクされたらしい。特に金融に詳しい方には本当に読み応えがあると思われるRoubiniのブログが掲載されています。それだけじゃなくて、最新の経済ニュースについての専門家の様々なオピニオンをソースのリンクつきで簡潔にリストアップしているのがすごい。危機のさなか、金融機関やコンサル就職を目指している友人が日々必ずチェックしているウェブサイトということで勧めてもらいました。Roubiniの記事が気合いが入りすぎていて分からないところいっぱいでも、彼があまりに悲観的なせいで将来が心配になっても、その友人と違ってEconomicsのマスター取得予定もなければ将来金融機関とかで働くつもりは別になかったとしても、がんばってできるだけ読んでいきたいという気持ちでいます。

ひとまず、このへんかな。
個人的には一番読みやすいNY Timesに偏りがちだけど、日本のものも含めて各種のメジャーなニュースペーパーもできる限りチェックしていきたいです。あと面白いブログとかpodcast等あったら日本語、英語問わず教えてください!

そんなわけで、また毎日少しだけ情報の渦に自分をうずめていくことにします。

ひとまず、今日のところはおやすみなさいzzz。

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Yes, we can

このブログでもさんざん話題にさせていただいてきた米大統領選挙が終幕。結果、バラク・オバマ氏が圧勝で第44代アメリカ大統領になることが決定!!

きのうは勝利演説の行われたシカゴや、アメリカ国内だけでなく世界中が歓喜に包まれた日になったことは間違いない。父親の出身地であるケニアは、翌日を国民の休日にしちゃったほどの熱狂らしい。こちら中国の清華大学公共管理学院においても、なぜかアメリカ国籍をもたない方々が昨夜大規模に祝杯をあげたらしく、今日は個人的な休日を設けてしまった生徒たちの空席が目につきましたw。このあたり、僕は大統領選を身近なものとして本気で語り、精神的アタッチメントを寄せてきた国際関係、公共政策プログラムの学生たちの愛嬌がよくあらわれていると思いますw。

新聞だけじゃなく、各種雑誌やいろんなブログに目を通されている方々は、オバマ政権の当面の課題や、まさにアメリカ大統領選の歴史にはっきりと刻まれるであろう2年間の長き戦いの経過について様々な分析を今後しばらくの間目にすることになると思います。僕もその辺は今後きっちり追っていきたいです。ということで今回は、気になったところをちょっとだけ。

いまさらとりあげるのも気がひけますが、やっぱりオバマ氏の勝利を形作ったと思われる経歴について。ケニア人の父とアメリカ人の母を持ち、ハワイで生まれ育ったこと、インドネシアで初等教育を受けたことなどなどいろいろ話題性はあるんですが、僕が注目したいのは職歴。彼が「民衆の感覚が分からないエリート」というレッテルをマケイン陣営から張られてきたことを思い出すと不思議な気分になる。

コロンビア大卒(政治学、国際関係学)→
コンサルティング会社等で短期間勤務→
高給を捨て、シカゴの南側にある全米有数の犯罪地区となっている黒人居住区を救うためにソーシャルワーカーに転身→
4年後、地域の貧困を撲滅することは叶わず、社会に根本的な、大きな変化を起こすためにハーバード・ロースクールへ入学、JD取得→
連邦裁判所での要職の誘いを断り、変革を起こすため再びシカゴへ。シカゴ大教授として教鞭をとる傍ら、弁護士事務所に勤務。貧困撲滅の草の根活動に従事し、弁護士として頭角を現す。
→政界へ

出身大学などの名前だけで見る限り、確かにエリート色はないとは言い切れないけれど、彼が歩んできた道はアメリカにおける一般的なエリートの図からも程遠いのではないかと思う。彼の職歴に見られるのは、一貫した貧困問題に対する問題意識、ローカル性と現場主義。低中所得層を優遇する税制や皆保険の公約は、こういう確固とした経験的基盤を持ってるんだね。いまさら僕が指摘するまでもないけど。

強引に日本に当てはめるとしたら、早稲田大学政治学部を卒業したあと、東北・仙台あたりの貧困対策をしているNPOで働いて、その後東京大学ロースクールを経て弁護士試験に合格。また仙台に戻って東北大学で講師として働きながら、弁護士として地域の貧困問題に積極的に取り組みつつ、衆議院選挙に出馬、当選、その後首相へ...みたいな流れになるのかなw。元NPO職員とか、アカデミアとして首相に上り詰めるキャリアパスなんて日本では想像もつかないだろうな。人種格差とか、ゲットーとかが社会問題として歴然と存在してきたアメリカの社会的背景とか政治制度の大きな違いを無視してるけど。

でも、日本において首相になった、あるいはなれる可能性があるような有力政治家たちって、経歴が一般人にとって一切リアルではないと思いませんか。ウィキペディアで何人か見てみるとほんとに実感できるけど、そもそも多くが世襲政治家だし、生まれたときから政治家への道がレールとしてしっかり敷かれているようで、なんだか政界を志す生々しい原体験とか問題意識みたいなものが一切見えてこないです。たとえば麻生さん、射撃家ってなんですか。このへんも終身雇用的、硬直的な日本の人生観の端っこを象徴しているものなのかもしれません。

記録的な投票率の高さ、インターネットを通じてお金を持たない若者や低所得者たちから少しずつ集まって過去最高額となったオバマ陣営の活動資金...オバマ氏の勝利が、この大統領選がもたらしたものは、何より多くのアメリカ人に自らリーダーを選ぶことを促し、実際に選ばせたことだと思う。この大統領選がいかにアメリカ人たちにとって重大だったか、そして身近であったかを考えると、僕はYes, we canっていう言葉にあまりに素直に鳥肌を立ててしまう。自分たちは、自らそう望めば、変わることができる。社会を自らが望む方向に変えていくことができる。こんな感覚を日本に生きるどれほどの人が今持っているんだろうか。この言葉をリアルに受け止められる人がどれだけいるんだろうか。

国をマクロに、そして擬人的に見るならば、今ほどアメリカが弱っている時期はないと思う。アメリカの民主主義はイラク問題で国際社会における権威を失墜し、世界最強と言われた金融機関が破綻と救済の波にのまれて、黄金時代の象徴であるGMは合併に動き、市場原理重視の自由主義経済は懐疑の目で見られている。だけど、大統領選はある側面でアメリカの本当の強さをあらわにしたと思う。人々の反省と意志によって推進されていく、あくなき変革。歴史的な逆風の中で、この国の唯一至高の価値である民主主義が息を吹き返しはじめているのだと信じたい。

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今、世界は一つ

時事的な話題にしばらく触れなかった間に、欧米の政府は経済学者たちの圧倒的な支持を得た先のUKの方針にしたがい、金融機関の資本増強(つまり一部国有化) に動き、国際協調の動きをワシントンから各国がアピールしたこともあって、市場は一時沈静化した。僕の就職活動に微風くらいでも追い風が吹いたかなぁって 思って安心したのもつかの間。またもや不吉な動きが。昨日金曜日のマーケットでは日経は10%弱、ヨーロッパ各国の平均株価も7~10%の下落だとか。米 国株式市場の今日の大幅下落もほぼ確定らしい。石油価格は、ピーク時の半分以下に下がって60ドル/バレル。OPECは緊急会合で減産を決めたけど、需要 の減退に対応することはできない、さらなる価格下落は避けられないとする見通しが有力。ベネズエラのウゴ・チャベスがちょっと前に米金融機関への資本増強 を受けて「アメリカの社会主義化を歓迎する」みたいなコメントをしていたけど、彼自身も米国の金融市場混乱のおかげでベネズエラの財政の大部分を依存して いるオイルの収入が減って完全に負け組。欧米の金融市場が混乱すると、本当に「全員負け」になるんだねー。さすがグローバル資本市場です。

でもそんなトレンドを受けて逆に勝利に近付いている人がオバマ氏。日経ビジネスには、ポール・クルーグマン(NYTimesのコラム等で徹底的なブッシュ 政権批判、民主党支持で知られる)のノーベル経済学賞受賞は、欧州全体からオバマ氏への政治的な援護射撃だとする話まであった。それが本当かどうかは知る すべもないけど、パウエル国務長官やNYTimes誌の突然の支持表明があっただけでなく、有力な保守層からも圧倒的な支持を得ているらしい。それが語ら れているのがthe Economistのこの記事。

The Rise of the Obamacons

以下のあたりから、オバマ氏がキャンペーンの終盤に近づくにつれて見せてきた新たな側面が見られる。

For many conservatives, Mr Obama embodies qualities that their party has abandoned: pragmatism, competence and respect for the head rather than the heart. Mr Obama’s calm and collected response to the turmoil on Wall Street contrasted sharply with Mr McCain’s grandstanding.

Much of Mr Obama’s rhetoric is strikingly conservative, even Reaganesque. He preaches the virtues of personal responsibility and family values, and practises them too. He talks in uplifting terms about the promise of American life.

これまでオバマ氏についてはジミー・カーター的なナイーブさや、得体のしれないエリートのイメージを危ぶむ声があっただけに、彼がいかに終盤にうまく立ち回り、多面的にイメージを強化したかは明らかだと思う。それにレーガン以来のアメリカ政界再編の流れが来ている気がします。11月4日が本当に楽しみ。

一方で、現在のトレンドを受けてさらなる注目を集めているのが中国。中国経済も今年のGDP成長は9%に減速することが予測されているけど、依然として世 界の経済成長のエンジンであり、まさに短期的には世界経済の成長は中国の状況に多くを依存すると言っても過言ではない。

それと関係してくるところもあるんだけど、先日、清華大公共管理学院にて「気候変動の経済学」ことスターン・レポートで知られるスターン卿の講演会に参加したので、面白いと思った点を備忘のためにまとめておきます。

・中国は既存の世界経済・金融の制度を作りかえる。それは中国をキー・プレイヤーに据えたブレトン・ウッズに代わる新たな秩序の形成を意味する。新制度においては、世界銀行、IMFが担った経済面、GATT、WTOが担った貿易面だけでなく、環境面を担う新組織を作ることが望ましい。

・現在、中国の経済成長見通しの下方修正がなされている重要な局面において中国は財政政策を十分に活用すべきである。財政黒字、莫大な外貨の蓄積などを考慮すると、中国は景気の低迷を防止するために財政政策を動員するために十分強固な基盤を持っている。それに加えて、年金制度と金融機関の改革は不可欠である。それを通じて人々の未来に対するconfidenceを高めることは、現在44-45%ほどの貯蓄率を引き下げる。貯蓄率を下げることは、消費の増加に結びつくので短期的には国内需要を高め、中期的にも資本のより効率的な利用を促進することから望ましい。中国が持続可能な成長を続けるポイントの一つは貯蓄率の引き下げにあるといえる。

・それに加えて、中国の今後の成長のカギを握るのは、低炭素社会への転化である。数か月前まで続いた資源価格の高騰が示唆したように、21世紀における途上国の経済成長は、もはや社会の低炭素化と切り離しては達成することができない。また、今後の世界における技術開発において低炭素技術が大きな舞台となることからも、途上国が技術発展を志向する限りにおいて、グリーン化を志向せざるを得ない。それを考慮した上で、中国には2050年までに(現在のレベルから?)50%のグリーンハウスガスの排出削減を目標に掲げるべきである。ヨーロッパやオバマ候補は1990年比80%の排出削減を目標に据えているが、中国の50%削減は一人当たりの排出量の概算において各国の平等性を保つことになる。

ここにうまく書くことはできないんだけど、スターンさんの何がすごかったって、ものすごく丁重な物腰と、超快適な声のトーンとクリアな発音、そしてとってもわかりやすい論理展開でした。

偉い人の鏡です。ほんとに。

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どうなる世界、どうなる自分

国慶節の連休が終わってみると、やっぱり自分は忙しいのかもしれないと思い始めた。思えば去年の秋学期は、大学院の授業を3つだけしかとっていなかった。去年の夏、大学院に入学してすぐのころ、アドバイザーから「僕の英語力の弱さを考慮すると、最初の学期に4つの授業をとるより、冬休みか春休みに短期の授業をとって補った方が効率的だ」と言われた。僕はそれに反抗して最初4つをとったものの、うち1つが普通につまらなくて、魅力を感じていた冬の授業に切り替えて、結局アドバイザーに従った形となったのだ。それでも、最初の学期が楽だった気はしない。無駄にした時間も以外に多かったのかもしれないけど、それでもいつも張り詰めていた。最後の学期である今は、大学院の授業3つ+中国語の授業を週17時間。それに、まともに語学をやろうと思ったら当然中国語の予習復習も必須なのです。さらにさらに、最近は就職活動のためにエントリーシートを提出したり、ウェブテストを受験させられたりといったプラスαの要素も入ってきております。
去年と今のワークロードを単純に比較してみると...ああ、成長したなぁってしみじみと思ったりもするけど。ほんとに。

ということでやっぱり夏の期間のように頻繁に当ブログを更新していくことは難しそうな気がしているんだけど、ひとまず書きたいという自然な衝動を頼りに頑張っていこうと思っている次第です。

ところで。

アメリカ、そして世界が本気で金融恐慌を迎えるんじゃないかっていう局面に入ってきました。今週月曜日のマーケットのさらなる暴落と、止まらない銀行の破たん。日経平均が10000円台を4年1か月振りに割り込む局面まであった。金融機関の悲劇は、実体経済をむしばみ始めている兆候がある。CNNには、アメリカ人の60%が"depression"の到来を予測しているという記事が載せられました。

Poll: 60% say depression 'likely'

"depression"っていうのがどれだけ異常な表現か、普段から英語のニュースに親しんでいる方にはよく分ると思う。一般的に”景気停滞”を表すとき、用いられる単語は常に"recession"。depressionというのは数年にわたって続く経済の低迷のことなんだけど、アメリカの歴史においてこの言葉が用いられたもっとも最近の景気停滞は1929年から1933年のもの。つまり世界恐慌の発端になったGreat Depressionである。それ以来、"depression"と形容されるような景気の谷はアメリカにはこれまでなかった(日本の90年代の景気停滞はdepressionと表現され得る)。僕は経済学の専門家でもなんでもないけど、「6割の一般人が程度の差こそあれdepressionの覚悟をする」ってことが経済にとってやばいことだってことくらいは分る。だって本当に、経済現象って自己実現的なものだから。ブッシュ大統領が9.11のテロの直後に、アメリカを守るために国民に"Go Shopping!"を呼び掛けたことは記憶に新しい。みんなが弱気になること、それ自体経済が縮小するっていうことなのだ。そして厄介なのは経済が縮小したということになれば、それを知った人々はまた弱気になるっていう下方スパイラルになっていること。ニュースとなって押し寄せる陰鬱なケースの数々は、決定的なくさびを打たない限り自己増殖していくことになるのだ。うわー、こわい。

そんなこわいこわいニュースの数々に交じって、より長期的見通しを持った黙示録的記事が多数登場しているかと思われます。かの世界的に有名な政治学者もNews Week誌に現在の金融危機の世界政治への影響を語った非常に面白い記事を寄稿しています。

Francis Fukuyama "The Fall of America, Inc."

自分の解釈を交えながらまとめてみた。

"Idea"は国にとって最も重要な輸出品である。80年代以降、アメリカが自身のブランドとして世界に発信してきたアイデアは二つ。ひとつ目はReaganism、つまり減税と少ない規制と、軽量化された政府が経済発展の原動力になるという考え方。二つ目はアメリカが自由民主主義の促進者であるという冷戦の勝利によって得られたアイデア。二つ目に関しては、ブッシュ政権がイラク戦争の口実に民主主義の拡大を用いたことによって徹底的に価値が失われた。それでもアメリカが世界中からの批判に耳をかさずにいられたのは、2002年から2007年まで力強い経済発展を続けたことだった。しかし、アメリカの正さのもう一つの証明だったReaganismも今消え去ろうとしている。金融機関への規制強化は避けられないし、7000億ドルのBail-out Planをはじめとして公的資金の出動によって将来の国民に課税を続けている今、減税が続けられることもありえない。1930年代フランクリン・ルーズベルトのニュー・ディール以降、1970年代まで世界において各国の政府は大きくなり続けたが、左に向かう振り子を揺り戻したのがレーガンだった。そしてそれから右に向かい続けた振り子が今、再び逆に振れ始めようとしている。マケインがどうにかして政権をもぎとっても、この大きなコンテクストから逃れて政権運営を行っていくことはできない。アメリカは今、金融機関の救済や大統領選という問題を超えて、自らの価値を再構築しなければならない歴史の節目を迎えている。

冷戦の終わりにアメリカ型自由民主主義の勝利と普遍性を高らかに宣言したのが、フクヤマの"The End of the History"だった。僕たちは今、またもや歴史の変わり目を目撃しているのだろうか。

ブランドといえば。世界経済のエンジンになり急速にブランドを高めていると言われている中国も、食の分野ではひどいことになっているようです。

China's Reputation On Product Safety Reaches a New Low

住民への圧政のため西側諸国から経済制裁をかけられ、輸入は完全に中国頼みのビルマ(ミャンマー)において、政府からすべての中国製品を避けるようにという声明が発表されたらしい。これが中国の食品というブランドが底辺に届きつつあるサインってことなんだねw。

とにかく食ってるものすべてが間違いなく中国製である僕は一体どうすればいいんだろう。お菓子どころか、僕は実際今日も飲むヨーグルト飲んでいました。ブログが突然更新されなくなったら、就職活動以外にメラミンの可能性も考慮してくださいw。

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夏の終わりはどこへ

8月31日日曜日。実は僕は一時帰国以前から、この日にとても微妙な気持ちになるのではないかと想像していた。小学校、中学校の9年間を通じて身体に沁みついた”8月31日”。僕は正直なところ昔からかなり要領が良い方だったので、この日に夏休みの宿題に追われた記憶はあまりないのだけど、たぶんそういうこととは関係なく、長い長い休みの終わりであるこの日に、なんだか季節の断崖絶壁に立たされているような、特別な気持ちをかみしめたことをよく覚えている。暦の上でも、明日から9月。そして秋。

あだち充のH2にも、この日を彩るあまりにも素敵なストーリーがある。幼馴染のひかりからの突然の電話によって、雨の中静かに海を観に行くというエピソード。この日は、会いたい人に会って、あるいは会いたかった海に会って、別に会いたい人と会えなくても何もすることがなくても宿題に追われたとしても、明日からまたがんばろうって静かに意を決するための一日なのだ。少なくともあだち充と僕と、そして日経新聞の”春秋”を書いている方の間では。

春秋 8/31

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20080830AS1K2900429082008.html

すでに1週間前に始業式を済ませた公立の小中学校が東京都内で150校ほどにのぼる。もちろんこれは全国的な傾向だ。...2011年度以降は新しい学習指導要領で授業時間が約1割増えるから、もっと夏休みは縮むかもしれない。

この動きがゆとり教育の失敗の認識から来る反動ということは確かだろう。僕はデータ等を見たことがないので半信半疑だけど、ゆとり教育導入以降、学力が低下したとここまで言われてるならそれもほんとなんだろう。でも、日本の小中学校の”40日間”という標準的な夏休みの長さは、欧米諸国に比べればもともと長い方じゃない。アメリカの3か月は例外的に長いとしても、むしろほとんどの国より短い。Wikipediaの以下の記事を見ると分かる。

Wikipedia "Summer Vacation"

http://en.wikipedia.org/wiki/Summer_vacation

よく欧米誌で取り上げられている韓国の受験競争や全寮制の予備校などの記事を読んでいると本当に寒々しい思いがする。また、以前、中国の小学校で英語を教えたことがあるアメリカ人同級生から聞いた中国の小学生の話も思い出す。「夏休み?夏は受験のために勉強さ。」という無垢なリアクション、そして頻発する若年者の自殺。東アジア人の勤勉さはよく経済的成功の要因としてあげられるけど、できるだけ多くの情報を若年層に詰め込むことを是として競争したら、それこそ”race to the bottom”になりかねないのではないかと。

8月31日を夏の終わりの特別な日として世代を超えて共有できるかというのは、僕がどんなにセンチメンタルになったとしても、実際のところそれほど大きな問題ではないのだろう。

だけど、年間30000人以上が毎年自殺しているこの国で、単純に社会的なプレッシャーを増やすような傾向を容認することが賢明だとは思えない。もし本当に教育を、社会を良くしようと考えるなら、教えるべきだと思われる内容とカリキュラムを思い切ってひとつひとつ見直して小学校から大学、その後までを視野に入れて受験制度を含めた再構築を行うこと、その上で量の部分の調整をすることが筋ではないのか。

以前このブログでも書いたことがあるけど、僕個人としては「ゆとり教育」の理念自体には尊重すべき点があったと思う。

僕自身、24歳っていう日本ではふつーに働いていることが当たり前の年齢で、「教育」という機会に救われている身だ。だからこそ思うのだけど、僕の中で教育のひとつの重要な意義は、自分自身と、あるいは社会と建設的に向き合うための材料を、人生を通じて提供し続けることにあると思う。だからこそ、一つの例としては、社会人が大学院やその他専門の学校等に戻ってアカデミックな勉強に励むことを日本社会がもっと容認できるようになれば、人生設計や一つ一つの選択に対するゆとりが生まれると考えるし、単純に「学ぶこと」に対する日本人全体の意識の向上にもつながると思う。あと、何度も何度も言うけど、英語教育の大規模な改革は絶対に必要だと思う。

日本において、人材は決定的に重要な資源だったと思うし、今後就労人口が減ることが予想される今、人材の重要性はさらに強く認識されるべきだ。そんな危機感自体は持っていていいけど、その危機感だけで、やむくもに小中学生の拘束時間を増やすことや、学ぶべき情報量を増やすことを正当化はできないはず。

たぶん教育っていうのはすべての人が固有の経験を持っているし、世代を超えて経験談をまじえた本気の議論ができる稀なテーマの一つだと思う。それだけ集積された知があるはずの領域だから、せっかくならみんなの問題意識をもっと公にすること、それを誠実に反映した、教育体系の再編を希望します。

夏休みの宿題と言えば、圧倒的に”自由研究”が印象に残っている。誰もが通過する小学校でそれだけ自由研究を尊重するなら、人生を通して何かを自由に探究していくだけの余裕をくださいと。そういう社会的雰囲気を作りましょうって、ほんとそう思います。

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8年の終わり、その続き

マケインが、running mate(副大統領候補)を発表した。指名されたのはアラスカ州知事の Sarah Palinだった。彼女は44歳の若さで、非常にクリーンなイメージで知られている。何度も年齢の高さをボトルネックとして指摘されてきたマケインが、誕生日に発表したrunning mateが彼女だったことについて僕は「やられたなぁ」という印象。マケインの人選は、ヒラリー・クリントン支持層の票を回収するためと言われている。いずれにせよ、共和党としては初の女性副大統領候補指名らしい。

一方、少し前に発表されたオバマのrunning mateであるJoseph R. Biden Jr.上院議員については、僕はほとんど情報を持っていなかった。外交委員会に所属し、民主党の重鎮でオバマがよく指摘されている外交経験のなさを補足する経験豊かな人、また、オバマと政治的信条も近いらしいけど、僕個人としては守りの人選だなというイメージだった。なんせオバマのrunning mateの長ーいリストにはマケインの盟友であり、共和党において断固イラク戦争反対を貫いてきたChuck Hagel上院議員や、共和党支持者が大多数を占めるカンサス州において絶大な人気を誇る民主党女性知事、Kathleen Sebeliusなどの名前も挙がっていた。彼、彼女に比べればBidenはどうしても地味に見える。

もちろん、マケイン、オバマ共によく指摘されている自らのボトルネックを補った人選なわけだし、マケイン自身が白人、高齢というある意味典型的な候補なわけだから、彼がrunning mateの人選においてオバマより冒険しなきゃいけない理由はあるんだけど。

とにかく今は、8月中に大々的なアンチオバマ・キャンペーンがあったこと、またロシアのグルジア侵攻への対応(オバマは不運にもハワイで一週間の休暇中だった)の違いを通じて、両候補への支持が拮抗している状態。Running mateも出そろい、ついに大統領選は結果を大きく左右するといわれる両大統領候補と副大統領候補同士のディスカッションを含めた最後の戦いに突入していく。相変わらず欧米メディアは、援護射撃に忙しいご様子です。僕はやっぱり、「オバマがんばれ!!」

ところで、先日の党大会で民主党が徹底して強調していた点がある。それは、「Bush Thirdは要らない。Bushの12年は断固拒否しよう。」という点。マケインが伝統的保守層の支持を回収するために、ブッシュ寄りに主張を変更させてきたことを突く戦術らしい。実際、マケインを表紙に採用した今週のThe Economist誌でも、ブッシュ路線と距離を置き、共和党の重鎮でありながら亜流、一匹狼としての本来のマケインに帰ることが勝利へのカギだという指摘があった。共和党からすれば、「目の上のたんこぶ」。民主党からすれば「ただの道化」。イラク戦争を中心とした外交政策の失敗によって、世界中から皮肉にも悪の親玉とみなされ、史上最低レベルの支持率まで落ち込んだ彼の任期も、残すところあと4か月あまりとなった。そのブッシュ大統領の2期8年を見直そうという動きも各メディアで見られるようになった。ちょっと前の記事ですが、

Fareed Zakaria "What Bush Got Right"

http://www.newsweek.com/id/151731

Newsweek国際版編集長Zakariaによるカバーストーリー。彼の主張は明快。民主党、共和党、インディペンデント、外国人、火星人w...あらゆる人々から激情と怒りの対象となったブッシュ政権はすでにいない。非難と反対の的となった一連の外交政策は、彼の第一期目に集中しており、ブッシュ政権は公言していないものの近年明らかに路線を修正・変更してきているということ。論点は以下。

*政権内の人事・パワーバランスの変化

世銀総裁に最初に選ばれたのはPaul Wolfowitz。このひとはネオコンと呼ばれた国際単独主義、介入路線を好むブッシュの側近グループにおける代表的な存在で、経済学のバックグラウンドが一切なかった。しかし、交際していた女性の人事問題でWolfowitzが辞任を余儀なくされてから、優秀・キレ者として知られる元USTRのRobert Zoellickを総裁に任命。政権全体としては、タカ派と目されるDick Cheney副大統領から、運営の中心が明らかにCondoleezza Rice, Robert Gates, Stephen HadleyそしてHank Paulsonなどのプラグマティストに移った。Rice, Gatesを主軸とする外交は明らかに現実主義、対話重視の穏健な路線にシフトしている。(たとえオバマが政権をとっても、Robert Gatesを残留させるべきだという声は強い。)

*国際援助における貢献

政権についた当初、ブッシュ大統領は伝統的な保守らしく、国際援助には興味がないと目されていた。実際最初の2年、HIV/AIDS支援に投入された金額は10億ドルに満たなかったが、今年度は60億ドルを超え、その多くがアフリカに投入される。PEPFAR(AIDS防止のための大統領緊急計画)は超党派の支持を得て、成功した。これら一連の政策は、U2のBonoなどを含む人々から異例の賞賛をうけた。彼らいわく、"George Bush has done much more for Africa than Bill Clinton ever did." 

*中印との現実主義的外交

大統領選の最中、ブッシュはCNNのLarry Kingとの対談で、中国との関係をClinton政権の"a strategic partnership"から、"competitor"へ再定義するとコメント。この時点では、中国に対して対立的アプローチをとると看做され、ネオコンやペンタゴンと同調するイメージが持たれていた。しかし、2001年4月、米軍偵察機と中国戦闘機の衝突事件においては、タカ派の批判を跳ね返して深い謝罪を表明した書簡を送った。その後も、中国の重要性を明らかに認識したうえで中国・台湾関係においてバランスのとれた外交を展開。先日のオリンピックにおいても、欧州各国と異なり(また大統領のボイコットを訴えた民主党のPelosi下院議長とも異なり)、開会式に出席し、人権問題については対話を通じて訴えるという現実主義的な路線を採ったことは記憶に新しい。また、21世紀のもう一つの大国と目されるインドについても、核の民間利用における協調によって新たな局面を開いた。これは、将来のアジアにおけるパラーバランスの安定に大きく貢献すると思われる。

*総括

これらの主張は、ブッシュ政権を擁護するものではない。ブッシュ政権は初期に歴史的なミスをおかし、アメリカに莫大なコストを負わせる結果となった。最も大きな負の遺産の一つが、アメリカはイスラム世界に対立するというイメージを残し続けていること。これは国の安全を大きく低下させた。国内政策においても、ネガティブな側面があった。彼はGDPの2.5%の財政黒字を受け継いだのにもかかわらず現在は3%の赤字となっており、歴史上、最も財政に無責任な大統領となった。しかし、それにも関わらず彼の政策すべてを批判し、覆すことは全く賢明とは言えない。次の大統領は2001年からではなく、2008年の世界をそのままの形で受け継がなければならない。ブッシュ大統領の最大の失敗は、クリントン路線を全面的に否定したことである。次の大統領がなすべきことは、ブッシュ大統領の路線を盲目的に否定することではなく、彼の遺産を冷静に検証し、活かしていくことだ。

もちろん、マケイン、オバマ共に少なくともポーズとしては、ブッシュ路線を否定し対照的な政策を採用することが選挙活動中の、あるいは政権運営初期の中心になるかもしれない。だけど実際の政権運営において、世間のイメージに流されることなくブッシュを引き継ごうというZakariaの主張はとてもまともだと思う。

国際政治雑誌として著名なForeign Policy Magazineにおいても、最新号はブッシュを表紙に起用して彼の外交政策について総括を行っています。「歴史は多くの人がそう思うほど、イラク戦争をネガティブに記録しないだろう」というこれまたセンセーショナルなセンテンスが印象に残ります。興味のある人は、ぜひご一読を。僕もまだちゃんと読んでません。これら一連のブッシュ再評価の波が、共和党マケインにとって多少の追い風になる部分はあるのかもしれないね。

少なくとも、子ブッシュ大統領は激情をぶつけやすく、そして風刺画的に描かれやすい大統領だったことは間違いないと思う。以前どこかで、「オバマが大統領になったら、ワイドショーで大統領に関連するブラックジョークが言いにくくなる。」みたいなコメントを読んだ気がするけど、クリーンで、ともすれば超然としているようにも見えるオバマと比較すれば、ブッシュは明らかにお茶の間で親しまれやすい人であった。僕はマイケル・ムーアの映画なんかもわりと好きだけど、その反面と言っていいのか、あるいはムーアのせいなのか、ブッシュにはなんとも形容しがたい親近感、親しみのようなものを持っている。

8月7日。ブッシュ大統領は中国を除いたアジア外遊の最後の国としてタイを訪れた。アメリカがないがしろにしてきたと非難される東南アジア、ASEANの主軸国への最後の最後の訪問は、明らかに次期政権の対アジア・シフトにつながるものだと思われる。

アジア外交を総括したブッシュ大統領のタイでのスピーチ。http://www.whitehouse.gov/news/releases/2008/08/20080807-8.html

スピーチの中盤にこんなやりとりが。

"I've also worked to develop strong personal relationships with our allies' elected leaders. Who could ever forget the trip to Elvis's place with Prime Minister Koizumi? (Laughter.) I certainly will never forget it. (Laughter.) I don't think a lot of people in Memphis, Tennessee will ever forget it either."

こんな一節を単純にほほえましく思ってしまう僕です。もちろん、敵も多く作ったし、いくつかの外交政策は完全なmessだったけど、愛嬌はピカ一だったブッシュ氏。彼の任期も残り4か月。僕も卒業まで残り5か月くらい。お互い最後までがんばりましょうw。

Georgewbush

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オリンピックから

このブログが沈黙を続けても、当然のごとく世界は回っていますw。この秋中国に行く身だというのに、北京オリンピックに一度もふれないまま、オリンピックは閉幕。僕は、朝ソフトボールの金メダルの報道を見たときと、深夜BSでイシンバエワが自己の持つ世界記録に挑戦し3度目のジャンプを見事成功させたのを見たときの計2回泣きそうになりました。ここ数年、僕は誰かの努力みたいなものが見える瞬間にどんどん弱くなっている気がします。年をとるにしたがって、一つのものに向かって何年も何十年も努力し続けること、そして想像もできないプレッシャーの中で、やらなければならないその瞬間に何かをやってのけてしまうこと、目標を成し遂げてしまうことのすごさをより強く感じるのかもしれません。

実際のところ、北京オリンピックの開催国としての中国については、”オバマ疲れ”ならぬ、中国疲れしてしまうくらい報道がなされている気がするのでちょっと気が引けてしまいますが、個人的に面白い点としては、中国と並んで著しい経済発展を遂げているとされていて、同じく人口10億を超える大国インドが射撃の金メダル1つだったという点かな。もちろん単純に比較するのは無理だけど、中国がどれだけメダル獲得に資源を投入しているかを考える材料にはなる。冷戦時代のソ連がそうであったように、やっぱりメダル争いとなると統制された国家というのはとても強い。この辺についてThe Economistの記事が面白かった。

"All that gold does not glitter"

http://www.economist.com/world/asia/displaystory.cfm?story_id=11985394

中でも興味深いのは、党の影響力が非常に強いと言われる新華社通信が、中国のエリート・アスリートのためのスポーツ施設への投資について公然と批判をしているということ。新華社はこれらの政府支出を、 “waste of the state’s precious financial resources” あるいは “extremely unfair” to the publicなどと形容しているらしい。記事によれば、新華社は現存の”スポーツ庁”のような政府機関を廃止して、プロ・アスリートへの援助を打ち切ること、そしてそのお金を一般の学校や大学におけるスポーツ振興に用いることを主張している。党にコントロールされているとされるメディアからこのような批判がなされるのはなぜかっていろいろ勘ぐってしまうけれども、いずれにせよ世界の大国として強まった自負の表明、あるいは自信の表れであることには間違いないと思う。

あと、昨日のNY Timesの社説で、取材のために北京に滞在していたThomas Friedmanの記事が気になった。

A Biblical Seven Years

http://www.nytimes.com/2008/08/27/opinion/27friedman.html?_r=1&oref=slogin

「子供には中国語を教えろ」などという冗談めいたセリフではじまるこのコラムでは、2001年夏、オリンピック開催を決め準備に動き出した中国と、その秋9.11のテロから戦争に従事しはじめたアメリカのこの7年が対比的に描かれている。この7年、中国はインフラをこれだけ整えたのに、アメリカは戦車や爆弾にお金を注ぎ込んできた。provocativeすぎるきらいはあるけど、それなら日本のこの7年はどうだったのだろうと考えてしまう。中国のオリンピックについては、工事現場を大きな看板で隠す、開会式のクライマックスは口パク、花火はCGとか、少数民族の子は漢民族の子だとか、”表面性”みたいなものに対していろんな批判が飛び交った。だけど、日本人はここ7年、日本の政治に経済にCGの花火以上にドラマティックな、あるいは本質的な変化を見たのか。オリンピック関連でどんな小細工があったとしても、この7年、中国が激しく変化したことには違いない。

“Holy mackerel, the energy coming out of this country is unrivaled.”

“We are so cooked. Start teaching your kids Mandarin.” 

冗談めいたようなFriedmanのこの言葉は、僕にとってはものすごくリアルである。

オリンピックでは、韓国勢の活躍も目を見張るものがあった。日経ビジネスにはこんな記事が。

「星野ジャパン」と姿重なる“ドコモ・ジャパン”

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20080825/168781/

記事によれば9戦全勝で金メダルを獲得した韓国野球界は、この1年、北京五輪での金メダルを目指し、国内リーグで国際公認球を用い、国際採用されたストライクゾーンを導入し、準備を進めてきたらしい。それが、携帯電話の国際市場におけるサムソン、LGなど韓国勢の大成功と、日本メーカーの海外進出失敗の構図に重なるという話。でも、詳細は割愛。

とにかく、こうして世界は動いている。中国だけじゃないのだ。

僕はこの前朝日新聞のとある記事を読むまで、2007年の時点でシンガポールの一人当たりGDPが日本を抜いていたことを知らなかった。つまり昨年、アジアでもっとも豊かな国はこの国ではなく、シンガポールとなった。その記事では、10年くらいのうちに日本が韓国に追いつかれる可能性も示唆されていた。

オリンピックにかこつけて、日本の危機感をあおろうとする自分はナショナリスティックなのだろうか。一昨日の夜は、最近売れているというアラジンの「陽はまた昇る」という曲を聴いて、日本はこれだけ開き直らなきゃいけないくらいやばいのかと思ったりもしたけど。

帰国の日からほとんど毎日振り続ける雨が、僕を少しだけ内省的にしていることは間違いないです。欲しいのはやっぱり太陽です。陽よ、また昇れ!

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ユニバーサルサービス

「完全」を目指す地上デジタル放送 読者の皆様はどうお考えですか

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20080729/166570/?P=3

またまた日経ビジネスネタで本当に日経の回し者的になっていることが気がかりですw。

記事は、7月25日のシンポジウム「2011年 地上デジタル移行は完了するのか」で総務省が発表した計画に対する疑問がテーマとなっている。計画は

「この3月末までに約2000局が開局し、国内全世帯の93%に地上デジタル放送が可能になっている。残る7%を対象に、これから3年間で約9500局を設置・開局する」

というもの。今後設置する9500局と言うのは現在存在するものより小さな局らしいのだが、いずれにせよこの数値は明らかにやばい。そこまでしても、99.3%の世帯までカバーするのが限度。つまり普及率を93%から99.3%まで上げるために莫大なコストを負う必要があるの?っていうのが記事の焦点。ポイントは筆者が7%の人を”見すてろ”とは言っていないところ。僕は電波に関しては全く知識がないけど、どうやら「地上波、衛星、CATV、あるいはインターネットなどを組み合わせて」残りの7%の人がテレビを見られるようにすることは可能らしい。そうすれば約10000局をこれから設置する必要なんてないってこと。

総務省はこの疑問に対して

「中継局を介してあまねく番組を届けていくことが放送の使命であり、エリアを広げる努力を今後も継続していく」

と回答したらしいけど。財政建て直しをしなきゃいけない今、さらに歳出カットで高齢者の医療負増とかが問題になっている今、地上波を通じたユニバーサル・サービスの提供にこだわる必要はいったいどこにあるんだろう。個人的には、放送の使命は人々を楽しませたり、生活に必要な情報を届けたり、教養を高めたりすることだと思うんですが。”中継局を介してあまねく”番組が届けられることなんて別に誰も望んでいないのではないかと。てか僕みたいに普通の人は放送の仕組みとか知らないと思うし。

総務省のこのコメントはとっても印象的。

「放送にはベストエフォートという考えはない。実際、デジタル放送の仕事をしていると、多くの方々から何度も『山奥でも必ず映るようにせよ』『老人を見捨てるようなことをしてはならぬ』と、完璧を目指すように言われている。」

たぶんこういう美辞麗句のもとに費用対効果みたいなものをないがしろにしつつ、ユニバーサル・サービスを徹底的に理想化してきたことが、日本が最も成功した社会主義国家とか皮肉られる所以なんだと思うなぁ。”中継局を介さない”、その代わりに地上波、衛星、CATV、あるいはインターネットなどを組み合わせて次善のクオリティでコストを抑えて番組を届けようとする選択が、山奥の人や老人を”見捨てる”ことなのか。僕にはそうは思えません。

記事にもあるように、郵政、電話などもユニバーサル・サービスを提供することを義務づけられた業界らしい。郵政民営化のときも、地方で郵便局が減って、地方の人たちが切り捨てられるみたいなことが反対の大きな理由だった。僕は全くフォローできてないんだけど、その後サービスの質とか行き渡りかたとかはどう変化したんだろう?

最近ビジネス誌を中心によく話題になってる地方空港の赤字問題も、同じくユニバーサル・サービスの問題として位置づけることができると思う。高速道路を使えば1時間もかからない距離に空港を設置して全域的なサービス提供を推進してきた日本。その結果、乗客率が低く、航空会社にとって赤字路線になってしまう地方便を、地方財政で補てんしてなんとか引き留めている状況。

放送とか郵便については、僕は方法論としてのユニバーサル・サービスの提供を放棄する方向を個人的には支持する。放送だったら衛星放送、モノの配達なら宅急便とかメッセージのやりとりならメールとか低コストな代替手段が利用可能な世の中だし、ベスト・エフォートでサービス提供をしようとする試みそれ自体が「切り捨て」になるわけがないと思うから。

一方で、飛行機の地方路線については本当に都市/地方問題の根源にかかわる問題だと思うから、たぶんより慎重に議論しなきゃならないと思う。例えば、地方路線が赤字なら、地方路線を使う人が増える、あるいは地方にもっと多くの人が住みやすくなるような包括的な政策にもっとお金をかけてみるのもアリだと思う。そういう文脈で、地方に大きな財源移譲をするって意味でいわゆる道州制とかにも個人的には興味があるんだけど。

上記のような諸問題って、もともと意見が分かれそうだってこと以上に、今は多くの人が「福祉制度の崩壊」とか「格差」とかそういうシンボリックなイメージに対してとても敏感になっているから、感情的な議論になりやすい気がする。でもそんな今だからこそ、一つひとつのイシューについて、税金を払ったり、政治に参加する権利を持っている個人として、自分なりの意見を冷静に整理することが大事なんじゃないかな。その意味で、僕は別に一連の政策的方向性が、どんなイデオロギーにカテゴライズされるかっていうのにはそれほど興味がない。

たぶん大事なのは、個人と同様に国も使えるお金は限られていて、これまでのようなお金の使い方をしていくことはどうやら良くないっていう事実をスタート地点としてシェアすること。そこから、どうやってお金を使っていくのが良いのか、どんなサービスが必要で充実させる必要があるのかを個人レベルで考えてみること。その中で”国”に今後どんな役割を求めるのか、日本がどんな社会であるべきなのかっていうイメージを少しずつ形成、共有していくこと。そして最終的には、それを投票行動とか、市民活動に反映させることなんじゃないだろうか。

僕自身、日本の政治についてはあまり知識がないので、誰かに指摘してもらったり、議論してく中で、自分の考えも変わっていくかもしれない。そもそも自分の考え方に実のところ自信はないし、変化はすごく歓迎すべきことだと思う。それでも偉そうなことを書けば、今の日本を生きる人たちにとって大事なのは、自分、周りの人、未来に生きる人も含めた集団の利益を自分なりに考えてみるっていう意味での政治意識を高めていくことなんじゃないかな。政治意識って、ただの不平とか、感情的同調とか、イデオロギーを振りかざすこととは別のものだと思う。

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日本へ来る人たち

Flush With Cash, More Asian Tourists Flock to Japan
http://www.nytimes.com/2008/07/26/business/worldbusiness/26tourists.html

日本では、どこかに国内旅行に行った人から、中国人観光客がいっぱいで・・・みたいな話をよく聞いた気がする。そういえば、去年天橋立に行ったときも、展望台にいたのは僕以外全員中国人であった。アジアの他の国から日本への旅行者の増加がNY Timesに取り上げられるくらいの現象になっているのか。

この記事では、日本が十数年景気の停滞に苦しむ中で経済成長を続けた韓国、台湾、中国から日本への観光客がこの5年のうちに倍増したと書かれている。台湾人旅行者にとって日本は今や香港に次ぐアジア第二の観光地。5年前に台湾、韓国人旅行者のビザを免除したことも効いているみたい。ここでは銀座・三越なんかで大量に買い物をする中国人旅客のことに触れられているけど、能登の有名旅館・加賀屋が「台湾シフト」を行って台湾人観光客を引き付けることによって大成功しているみたいな話もこの前日経ビジネスで読んだ。

本物のおもてなしで、国境を越える-上
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080701/164196/?P=2

以下のやりとりは面白い。

従業員の方は、台湾のお客さんとコミュニケーションはどうされているんですか。やはり身振り手振りとか?

台湾に関する勉強会を開いたり、単語帳を帯の間に挟んだり、客室係もいろいろと努力していますよ。ただ、あんまり言葉がぺらぺらでもよくない。だって、台湾の子ばっかりがサービスするなら台湾にいればよかった、という話になるわけで。片言のコミュニケーションだから、これまた悪くない。これも旅行の魅力の1つでしょうな。

単純に国内でモノやサービスを提供するビジネスでも、アジアから訪れる外国人はこれから潜在的顧客として存在感を増していくかもしれない。一方日本から海外に出る旅行者の数は減っており、2000年のピークから3%減っているとか。これは日本人が消費に弱気になってるせいなのか、それとも単純に国内旅行が好きになったのか。

いずれにせよ、アジアにおいて日本が圧倒的な経済力を誇った時代は終わりつつある。以前日本という国は他のアジア人にとって旅行するには高すぎる国だったけど、今は違うのだ。記事でTaiwan Visitors AssociationのHsu Ya-shanさんはこう言っている。

"Japan used to be a very distant presence. Now, it feels a lot closer."

観光客は日本の最先端のファッションとか安全で清潔なところに引かれて訪れているらしい。それに生産システムを見学するためにトヨタなんかを訪れる人が多いとか。そして

Shiretoko

世界遺産・知床。というか北海道。沖縄のような南国のリゾートは数あれど、アジアには北海道のような穏やかでパストラルな観光地は少ない。北海道は多くのアジア人にとってあこがれの地であり、日本の立場から見れば北海道の自然は外資を呼び込む上でもとっても大事な資源ということになる。あー、知床行ってみたい。

いずれにせよ、こういう傾向は個人的には本当に歓迎できる。これまで、日本人は国外で、お金を払って当然のようにサービスを受ける立場としてアジア人と接する機会が圧倒的に多かった。今後、自らが彼らに対するサービスの提供者になって、彼らの嗜好を考えることを通じて、彼らの文化に対してもっと寛大になれるんじゃないかな。そういう過程を通じて、精神的にもより平等な立場が作られていけばいいなと思う。

一方で、同じく日本に来る人関係で気になる地味な記事を発見。

難民「第三国定住」導入へ 10年度にも30人前後
http://www.asahi.com/politics/update/0723/TKY200807230351.html

旅客とは対照的に、日本において難民というのは本当に遠い存在。「早くて10年度から数30人程度の受け入れを目指す」ことが、いまだに経済規模世界2位の大国としてどれだけ不寛容かってことが、ウィキペディアを読むとよく分る。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A3%E6%B0%91%E8%AA%8D%E5%AE%9A

もちろん、難民認定の是非は、歴史的背景とか、国内の経済状態に左右される部分が大きい。もともと欧州から植民した国であるアメリカ、カナダ、オーストラリアなどはやっぱり受け入れ率も受け入れ人数も高い。それに今はテロリストなんかの問題もあるから、審査面で厳しくなるのも分からなくもない。でも当該国から必死で逃げてきた人たちを受け入れるかどうかを認定する制度の在り方って、煎じつめれば倫理とか社会的な懐の大きさの問題だと思う。

Wikipediaにはこんな記述がある。

難民申請者を収容する入国管理センターの待遇は非常に悪く、8畳間に8人を押し込めたり、昼も夜もわからない「刑務所より酷い」環境に置かれていると言われる。しかし、内部の取材を認められた例はないため、現時点では難民申請者の証言のみに留まっている。

これが本当だとしたら、日本はチベット問題で中国を糾弾できるほど潔白なのかなと思ってしまう。メディアの目も届かず、日本人じゃない、正規の入国者じゃないからって人権もないがしろ。難民の受け入れについてこのあたりの事実究明が行われているのかは記事からはよく分らない。

リンクが多くなって恐縮ですが、日本の難民受け入れについてググっていたらこんな映画を見つけた。

BACK DROP KRUDISTAN
http://www.back-drop-kurdistan.com/background.html

日本にやってきたクルド人の難民認定に焦点を当てた、渾身のドキュメンタリー。
監督は僕と同い年、そして出身はとなり町!!!それに、びっくりw。
野本監督、がんばれ!

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饗宴

すでに世界の注目はWTO貿易交渉の行われているジュネーブや、オリンピック直前に車の乗り入れや工場の操業規制をいそいそと始めた北京に完全に移っていると思われますが、そういえば少し前、洞爺湖サミットがありました。日本を基点として世界情勢をウォッチしなくちゃいけないインターン中の僕としては、このイベントに関してはかなり注目していたんだけど、なんとも微妙だったことは間違いないと思います。いろんなところから幻滅の声が聞かれたけど、やっぱり根本的なところで、G8っていう枠組みの形骸化は否めないと思う。もちろん、韓国、中国、インド、南アの首脳まで巻き込もうとしたところに努力は見えていたけど、おそらく各国首脳がずらりと並んだ写真以上に感嘆に値するものは何も生まれなかったのではないか。

ところで、この会合に関して、最も気の利いた批判をしていたのはTimes誌ではないかと思われる。

G8 leaders feast on 8 courses after discussing world food shortages

http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article4286365.ece

この辺はほんとすごい。

The leaders tucked into truffle soup and crab as they discussed Zimbabwe and aid to Africa’s poorest people.

(各国首脳はジンバブエやアフリカの最貧層への援助について話しながら、トリュフのスープや蟹をたらふく食べた。)

記事によれば、サミットを行うために支出した総額はおよそ6000億円。これはアフリカでマラリアを防ぐためのネットを1億個配布できる費用に等しいらしい。もともと、洞爺湖サミットは他の地域のサミットと比べても異常なレベルの警戒態勢が欧米各紙の非難の的になっていた。エコロジーや環境をテーマにする会合に(さらに結果論だけど意味のあるアウトプットを出せなかったといわれる会合に)、ありえない量のお金を使っている。いったいそれはどういうことだ、と。

記事の最後は、この会合にふるまわれたメニューを羅列して終わっている。記念に引用しておこう。

The menus in full

Dinner

Corn-stuffed caviar

Smoked salmon and sea urchin "pain surprise" style

Hot onion tart

Winter lily bulb and summer savoury

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Folding fan modelled tray decorated with bamboo grasses

including

Kelp-flavoured cold Kyoto beef "shabu-shabu", asparagus dressed with sesame cream

Diced fatty flesh of tuna fish, avocado and jellied soy sauce and Japanese herb "shiso"

Boiled clam, tomato, "shiso" in jellied clear soup of clam

Water shield and pickled conger dressed with vinegar soy sauce

Boiled prawn with jellied tosazu vinegar

Grilled eel rolled around burdock strip

Sweet potato

Fried and seasoned Goby with soy sauce and sugar

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Hairy Crab "Kegani" bisque soup

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Salt-grilled bighand thornyhead with vinegary water pepper sauce

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Milk fed "shiranuka" lamb flavoured with aromatic herbs and mustard

Roasted lamb and cepes and black truffle with emulsion sauce of lamb's stock and pine seed oil

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Special cheese selection, lavender honey and caramelised nuts

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G8 fantasy dessert

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Coffee served with candied fruits and vegetables

Wine list

Le Reve grand cru champagne

Japanese saki

Corton Charlemagne 2005

Chateau Latour burgundy

Ridge California Monte Bello 1997

Tokaji Essencia 1999 from Hungary

"G8ファンタジー・デザート"で締めくくったみたいだけど、この会合で食糧危機についての具体的な対応は何も出されませんでした。国際交渉の枠組みってこれから一体どうなっていくんだろう。少なくとも、サルコジ氏の言うように拡大路線は避けられないんじゃないかと個人的には思います。

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愛国心のゆくえ

時は流れて21世紀w。19世紀の話題にどっぷりつかりながらも、日々の仕事をこなしていた僕ですが、日中関係などにも関係して最近ちょっと気になるのが愛国心。

卑近なところでは、少し前にオバマ氏の愛国心が疑われた事例がある。この場合の愛国心は、英語ではポジティブな意味を持っている"patriotism"。とても象徴的なのはオバマ氏が言論によって愛国心を示すというポリシーで、アメリカ国旗のバッジの着用をやめたのだが、それを保守派に非難されて最近また着け始めたという事件。もちろんこういう一連の動きはネガティブイメージ合戦みたいな側面がある米大統領選の流れの一部にすぎないのだけど、本当に彼が国民の一部のためではなく、全体の利益にかなうのかという意味で愛国心議論が提示されるあたりに、アメリカの多文化・多人種社会としての側面がよく表れている気がする。そもそも彼が実はムスリムなんじゃないかと疑う意見も以外に根強かったりする。”合衆国”と言われるように、ともすればバラバラになってしまう無数のグループを一様に代表しなければならない大統領。その代表としての正当性を証明する手段として、てっとり早く愛国心議論が持ち出されるのだろう。

一方で中国の愛国心についての議論も面白い。

夏学期の授業最後の日。僕たちのクラスでは、現代中国に関して自分の選んだテーマについてのプレゼンを行った。中国出身のクラスメートは、中国のインターネット・ナショナリズムについてのプレゼンをした。"nationalism"という言葉は同じ愛国心でもネガティブな意味をもつ。彼女の話によれば、インターネットを通じたナショナリズムの高まりは、中国人研究者のなかでも近年ホットな話題のひとつで、それが注目を浴びたのは近年の対日デモにおいてインターネットが中国国民の感情の高まりにとても重要な役割を担っていたからであるらしい。

実際のところ、近年の中国における愛国心の高まりはほとんど異常といって良いくらいだと思う。以前、チベット騒動が起こったときに、僕の大学院の中国人学生たちがアンチ・ダライラマのデモを行った話を書いたけど、そういう中国人留学生の動きは世界的にみられた。彼女によれば当時、学生の間でかなりの人気を博したという動画がこれらしい。

もちろん、世界中の中国人学生たちがこれを見て盛り上がってる光景を想像するのは馬鹿げてると思うけど。でもとにかく世界じゅうに散らばる留学生まで巻き込んだ大規模な反・チベット統治批判運動であったことには違いない。

そして次に四川での大地震。これが起きたときに、友人の中国人の女の子がいきなりシラキュース大学の中国人代表として募金活動を開始したことに驚いた。この場合の愛国心はおそらくpatriotismと取られるのだろう。欧米のメディアはこのときに起きた大々的な募金やボランティア活動を中国における「市民社会」の萌芽として歓迎した。自分の血縁関係や狭い共同体を越えて、人々が相互扶助とか公共の精神を拡大させた結果だとみられたのだ。それは確かにすばらしいことだと思うし、実際このクラスでの僕のプレゼンは中国の市民社会発展に関するポジティブな見解だったのだけど、この熱烈な募金・ボランティア運動の高まりは反・チベット統治批判をもたらしたnationalismと表裏一体なのではという気もしている。

中国の愛国心と関連して、日経ビジネスにとても面白い記事があった。

”教師の告白があぶり出した中国社会の「危機意識」”

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080710/165021/

一時話題になった四川の高校教師の話。彼は、四川大地震で生徒より先に逃げ出した上に、その事実をインターネットで告白した。彼に対して批判とともに多くの礼賛が集まったこと。これが中国社会にとってあるいは中国のインターネット言論にとって、とても大きな意味を持っているという話。非常に深くて良い記事だと思うので、興味があるひとはぜひ。(僕は日経ビジネスの回し者ではありませんw。単純にこの話を深く説明するのが大変なだけです。)

一方、最近は韓国との間で、竹島/独島問題も火が付いています。この問題については、僕は非常に冷めています。なぜなら僕の好きなキム・テヒ嬢があの島は独島だと主張しているからです。

こんな子に主張されたら、僕は徹底的に譲歩するしかありませんw。なんて偉大なソフトパワー。

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戻ることはないのか?

インターンの仕事上、毎日こちらの新聞を隅から隅まで読んで日本に関係することがらが少しでも書かれた記事を探している。その中でもだんとつの頻度でこちらの新聞に登場するいくつかの日本企業。トヨタ、ホンダ、日産である。

もちろん、新エネカーの開発などの記事もあるけど、記事の多くは直接それらの企業にフォーカスされてるわけじゃない。一つにガソリン価格高騰を受けたハイブリッドや燃費についての記事が多くなってきていること。もう一つは低燃費車へのシフトを背景とした米ビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)の凋落についての記事で対比的に日本企業が登場することが多いこと。もっと最近は、アメリカの自動車消費全体の冷え込みについての記事などもありました。彼らにとって最大の脅威と考えられているトヨタですら先月は売上21パーセント減とか。消費だけじゃなくて、米雇用統計にしろ、株価にしろ、なんだか不吉な動きを見せている気が。こうなると、風向きは完全にオバマかとも思いますが。

行楽シーズンに突入していることもあって、とにかく話題はオイル一辺倒。最近は、各誌でオイル価格の高騰を投機マネーの流入にもとめる傾向を批判する記事も多く見られるようになった。Krugmanなんかは何度も同じような記事を書いて、投機筋を批判するのは大統領選を控えたこの時期には両陣営にとって政治的に安全な選択であり、投機が現在の価格高騰にそれほど影響しているかどうかは怪しいことを指摘している。とにかく、多くの専門家が指摘しているのは、価格高騰は単純にオイルの需給ひっ迫によるもので「もう石油の価格が以前のレベルに戻ることはないのではないか」という点。これがほんとなら、この変化はほんとに計り知れないimplicationを含んでいると思うけど、とりあえず目に見える変化を。

中学や高校の地理の授業では、ミシガンといえば自動車産業だった。それが今、大きく変わることを迫られているという日経ビジネス(またまた)の記事。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080703/164437/

記事によればミシガンの5月の失業率は8.5%で全米平均5.5%を大きく上回り、全米で最も雇用状況が悪いとか。とっても印象的なのはこの部分。

DCCのペリー氏によれば、現在の雇用状況は、前回非常に高い失業率を記録した1980年よりさらに厳しいと言う。「あの時は労働者が一時解雇されたが、今回は職自体がなくなりつつある。急速に進行しているため、それに代わる雇用を見つける間もない」と指摘する。

職自体がなくなるってどういうことだろう。ビッグスリーが低燃費車の開発で後れをとったことが取り返しのつかないくらい経営ミスだったってこともある。でも、それに加えて自動車産業の競争自体すでに先進国は主戦場ではなくなりつつあることも大きいのではないか。

コンピュータープログラマーでIT(情報技術)専門家のグレゴリー・ボイドさん(50歳)は、3年前、フォードで担当していた業務がインドに外注されてしまい職を失った。

今後さらに拡大していく中国やインドの中産階級向けの販売で米ビッグスリーが息を吹き返す可能性はある。でも現在の不況を乗り越えても、ビッグスリーがミシガンで雇用を作りだす理由はもうないのかもしれないってことなんだろう。

Thousandsloseindex_frontpage_thumbn Michiganの失業保険事務所

ミシガンにとって明るい材料と言えるものがあるとすれば、その1つに医療産業がある。ベビーブーマー世代の高齢化が進み、その親世代の寿命が延びたことで、現在、ミシガンで最も人手を必要としているのが病院や養護施設、診療所、医療検査機関だ。ところが皮肉なことに、訓練を受けた専門職員が不足しているため、デトロイト川対岸のカナダなどから看護師を“輸入”せざるを得ない状況にある。

このあたり、高齢化社会の日本も身に染みるところがあるかもしれない事例だと思うんだけど。

一方で、天然資源産出によって空前の好況を迎えている地域がある。アメリカで天然ガスブームを迎えているのは、とても地味だった中西部の片田舎、ワイオミング。友人の話によれば、多くのブルーカラー労働者がガス関係に流れてしまっているため、ワイオミングのマクドナルドの時給は12ドルとかそれ以上。(ふつうは6ドル程度だそう。)

世界的に見れば、マネーは中東とロシアに集中。日経ビジネスには西シベリアの石油ブームについての記事もありました。

"石油景気に沸くロシア、西シベリアの石油成金たち"

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080618/162604/

Russia_2 Western Siberiaのカジノ街

「ザ・ナス、ザ・ネフト― 私たちに、石油に乾杯」。

これほど日本人の感覚からは遠く感じられる乾杯の音頭は他に思いつきません。エキゾチック。

一方で、ガソリン価格の高騰の影響は、当然、自動車産業関係者たちだけに及んでるわけじゃない。たとえばNYTのこの記事。

"Fuel Prices Shift Math for Life in Far Suburbs "

http://www.nytimes.com/2008/06/25/business/25exurbs.html

アメリカの典型的な郊外生活の危機は最近とっても話題になっていることのひとつ。田舎に大きな家を建て、車で近隣の都市の職場まで飛ばす。そんな生活が現実的ではなくなってきている。Amtrakが通る都市に移り、借家に住むことを考える人が多くなるだろうとのこと。都市化については自分がすごく興味ある分野だし、この流れに対して都市計画の観点からアメリカの地方行政が長期的にどう対処してくのかっていう部分は面白そうです。日本の地方自治体も彼らに教えて、同時に彼らから学べるのでは。

23773655 アメリカの郊外。造りかけの家。©NYT

もう一度、話をオイル価格高騰に戻すと、原因は需要の増大。つまり、中国やインドをはじめとする国がもっともっと天然資源を必要としているっていう事実。たとえば中国の経済成長なんて、歴史上もっとも短い期間でもっとも多くの人を貧困から救いあげたという点で奇跡として語られるし、もちろんそれはほんとにすばらしいこと。だけど、少なくとも今の産業の在り方では、貧困から逃れる人たちが増えるほど、天然資源の価格は上がり、食糧の価格も上がり、世界的に生活のコストが上がるっていう構図があるのかもしれない。すごく単純化してる気がするけど。

そしてオイルとアメリカの自動車産業の話から思ったのは、産業自体が衰退、縮小していくっていうことは実際起こりうる。これはマクロ経済の授業では当たり前のように語られていたことだし、歴史的にも起こってきたことだと思うけど、アウトソースが容易になっていることもあるから産業の変化の速度は以前よりずっと速いかもしれない。実際、僕は米失業率の景気減速に対する反応の速さにちょっと驚いている。

業績悪化→雇用削減。

国の産業が構造的に変化しなければならないようなプレッシャーにさらされるとき、とても大事なのは労働市場が流動的であることらしい。つまり、ひとつの産業が衰退しつつあるとき、失業者が別の産業にスムーズに移行できるか、それを支え、促進する仕組みがあるかどうか。少なくとも、失業という課題については、アメリカはヨーロッパの多くの国よりもずいぶんうまくやってきた。天然資源価格の高騰によって産業のパラダイム・シフトを迎えつつあるのかもしれない今、日本の労働市場の在り方について、労働者をどのように守るべきなのかについて、労働者に影響する学校教育、職業訓練の在り方について、そしてたぶん”日本的経営”みたいなものも含めてきっちり考えておく必要はあるのではないだろうか。

A man willing to work, and unable to find work, is perhaps the saddest sight that fortune's inequality exhibits under this sun. -Thomas Carlyle (1795-1881)

たくさん引用すると、気分いいです。

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反中感情への疑問

Pew Research Centerが最近発表したGlobal Attitude Projectは、世界的に権威のある国際意識調査。その中で、日本人の中国嫌いが際立っているという話。

まず結果を見る前に大事なのは、この調査がチベット騒動が拡大した時期から始まって四川省の地震が起こる前に終わっているということ。メディアでは、四川の大地震は世界中のシンパシーを喚起して、チベット騒動によって悪化した中国への反感を和らげたっていうことが頻繁に指摘されているから、この調査がその地震の前に行われたっていうことはおそらく反中に偏った結果が出ていてもおかしくない。

それにしても。この結果はいったいどうなんだろう。

中国が嫌い

1位 日本 84%

2位 フランス 72%

3位  ドイツ 68%

中国人が嫌い

1位 日本 73%

2位 エジプト 54%

3位  フランス  49%

特に気になるのが「中国人が嫌い」の項目で、日本が世界の中でダントツに高率であること。知的財産権の侵害とか、ギョウザの事件とか、東シナ海のガス開発の問題とか、チベット弾圧とかもちろんいろいろ「中国嫌い」の要素があるのは分かる。ただ、中国人が嫌いっていうのは一体何が原因なのかイマイチよく分からないし、嫌いと答える人たちはどんな人たちのどんな面を見てるんだろう。僕個人としては日本の歴史とか倫理の教育が破たんしているのかもしれないと思ってしまうくらいの由々しき事態です。

一か月ほど前、近所のシンクタンクで胡錦涛主席が来日したことを機に日中関係についてのディスカッションが行われた。そこで産経(海外でもconservativeとして認知されている)の偉い人が以下のようなコメントをしていた。

「日本人の反中感情は基本的にはreactive(反射的)なものであって、中国でときおり起こるデモに表れている中国人の反日感情への反応である。特に国際的な場で公言されることはないが、多くの日本人は中国の共産党による教育やメディアの統制が中国における反日感情の形成・維持に貢献していると思っている。共産党政権の正当性は、日本軍を追い出し中華人民共和国を設立したということを根本的な拠り所としているから、彼らには反日感情を助成する動機がある。」

とコメントし、二国間関係のぎこちなさは中国の国内問題に起因するというようなことを匂わせていた。それなりに親中的だと思われる自分も、正直このコメントにはそれなりにリアリティを感じる。だけど、上記の調査の結果に現れた日本人の中国人嫌いは反日感情への反応としては説明しきれないものではないだろうか。そもそも中国嫌いではなく、中国人嫌いなわけだし。ちなみにこの調査の間に反フランスデモがあったから、フランスの中国嫌いも理解できるけど、中国人嫌いの割合は圧倒的に低いわけで。

以前同じPewの調査を取り上げて米中の相互認識について話してくれたデイビットは、

「米国と中国のお互いの悪いイメージは、コミュニケーションや交流の不足によるところが大きい。実際相手の国を訪れたことのある人や、人と交流した経験のある人は好意的に見る傾向が強い。」

と言っていたけど、日本の場合はどうか。隣国だからこそ分かっているような気がしてしまう部分もあるだろうし、コミュニケーション、お互いに対する知識の不足っていうのはやっぱり大きいんじゃないかな。

こちらに来てからなんとなく思ってきたことだけど、他の国から見たら日本と中国の関係は相当悪く見えるようだ。そしてとても重要なことに欧米のメディアでは、中国人も日本人もともにナショナリスティックだというのはほとんど定説。最近の一連の出来事で二国間関係は良くなってきたとは言われているけれど。

ある意味、このような意識調査の結果というのは、僕を中国の勉強に向かわせる良い動機になる。それと同時に、日本のことももっと知らなきゃいけないなと思う。

ということで今ちょうど中国関連のペーパーを書いていることもあるし、9月から北京に行くこともあって、今後は中国ネタを小出しにしていきたいです。

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みんなググろう笑

以前友人Sに、i-googleについて教えたことがある。i-googleはすでに多くの人が使っていると思うけど、自分の好きなガジェットを集めてgoogle検索画面をカスタマイズして、ある意味Yahooみたいなポータルサイトを自分で作ってしまえる機能。検索ではgoogleの方がいっぱい引っかかるからよいけど、路線情報とか天気とかをよく使うから、ポータルサイトになってるyahooを使いたいって思ってきた人ももしかしたら多いのかな。

僕はこれを使って、G-mail、Google Calender、ワシントンDCのお天気情報、あとは日米英主要各紙のニュースのガジェットを表示させている。これをスタートページにすれば、なんとなくネットサーフィンしながらホームに戻るたびに興味ある情報が無意識にチェックできるし、気になる新聞の主要記事には常に気を配れるしとても便利、だと信じている。実際勉強の邪魔になったりもするけどw。日本においてはyahooが未だに比較的高い広告シェアを占めているらしいけど、i-googleを使って自分の好きな情報を初期画面に表示させれば、yahooをわざわざスタートページにする必要がない気がするし、みなさんきちんと設定しましょう。グーグルの画面で「サービス一覧」を押すと、下の方にi-googleがあります。

なぜこんなことを今さら言い出したかという理由については、池田信夫氏のブログの本日の記事を参照してください。僕はD通社自体に個人的な感情は一切ないけど、彼らの広告スポンサー独占の形自体が社会にとって決して良いとは思わない。いまいち現在の仕組みもよく分かっていませんがw。

池田信夫氏は先日書いたBjorn Lomborg(ロンボルグ)の温暖化の話についても書いていて、僕が温暖化の記事を書いた次の日に偶然にもロンボルグの著書の紹介をしている。翻訳が出たそうなので、興味を持った人はぜひ。僕も後で原著の方を読んでみたい。

一方で僕は世界の多くの若者と同様、googleにはなんとなくの好意を持っています。彼らのビジネスモデルの革新性についてもイマイチよく理解できていないけど、日によってgoogleのマークを変えてみたり、彼らのHPにしらじらしく大ウソ書いてみたり、そういう遊び心にやっぱりそそられる。そういえば梅田望夫氏が産経新聞にgoogleと羽生善治を対比させた記事を書いていた。

http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/080623/shg0806230330000-n1.htm

僕みたいに雑食的な読書や勉強が好きな人。上の記事を読んで、自分を鼓舞しよう!重要なのは、量だ!

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政治と気候変動

2_riders_461Spain, Madrid ©National Geographic

今ワシントンで最もホットなトピックは何と言っても、エナジーと地球温暖化。環境やエナジーに関するコンファレンスはワシントンDCにおいては一日に百件は行われているというボスのコメントもまんざら誇張ではない。マケイン、オバマ共に気候変動対策については非常に積極的だし、今後数年のうちに中国なども巻き込んでポスト京都議定書の枠組みが出来上がる可能性は高い。ある意味今研究しておいて一番”損のない”領域なのかもしれない。

今日のWashington PostとWall Street Journalはともにこんな記事を載せていた。

"Climate Issues Tied to the US Security"

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/06/25/AR2008062502800.html

この記事に載っている国家情報委員会の報告が気候変動についてどんなシナリオを前提としてるのかは定かでないけど、報告書の主張を要約するとこんな感じ。

気候変動の影響は一様ではなく、気候、経済、政治、社会的ストレスの諸要件を考えるともっとも甚大な被害が予想されるのはサブサハラン・アフリカである。食糧と水が不足に陥り、人の移動が急増するに従って、この地域はより深刻な社会的動揺に陥り、特に土地の所有をめぐった民族間紛争が激化する恐れがある。それは、米国のアフリカにおける軍事的オペレーションのかつてない拡大を要するものになる可能性がある。それは、世界におけるパワーバランスを崩し、米国の国家安全保障にとって潜在的脅威となる。

というもの。先日お話を伺った元海軍の人も笑いながら言っていたけど、軍関係者は基本的に超コンサバティブ。温暖化対策なんていうプログレッシブな議論にもっとも遠そうな人たちだ。だからこそ、そんな人たちまで巻き込もうとするこの報告書の存在は、アメリカにおいて温暖化の議論が本当にヒートアップしてることを物語っていると思う。

一方で、このニュースは温暖化問題がどれだけ”政治化”してきているかの証明でもある。Washington Postには、こんな記事ものっていた。

"A Better Way Than Cap and Trade"

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/06/25/AR2008062501946.html?hpid=opinionsbox1

寄稿者であるBjorn Lomborgは、政治化する温暖化に対し、コスト・ベネフィット分析の結果から警鐘を鳴らしている時の人。彼のメッセージはノーベル賞受賞者5人を含む、8人の超一流経済学者たちによるCopenhagen Consensus projectの結論を代表するもの。彼らはこう結論している。

温暖化を遅らせる対策として、もっとも非効率な方法は単純に二酸化炭素の排出量を減らすことだ。

彼らは温暖化の影響を無視しろと言っているわけじゃない。話の筋は以下。

政治家は排出権取引を好む。なぜなら、それは間接的な課税であって、(環境税などの直接的な課税と違って)温暖化ガス排出削減について市民が負うコストを隠せるからだ。さらにそれは、政治家に排出枠の数や配布をコントロールする機会、つまり何十億ドルもの補助金の流れを支配する機会を与える。

今日太陽光発電は、最も安い化石燃料の10分の1の効率性しかもたない。だから実際のところ一部の裕福な人たちだけがそれを用いることができるだけで、途上国の人たちは当然それを用いることはできない。つまり貧しい人たちのコミットメントが得られないということは、ほとんどのグリーンな”方法は(西側諸国の)豊かな人たちが”地球を助けている”という感覚を得る以上の意味を持たないということだ。非効率な太陽光電池を屋根の上にのせることを強制したところで地球温暖化を避けることはできない。

8000億ドルのお金を100年間単純に排出量削減だけに使った場合、21世紀の終わりまでに華氏0.4度の温度上昇が起こる。温暖化による主要な被害の総額は6850億ドルであり、この方法によっては8000億ドル使って、6850億ドルの被害を防ぐことにしかならない(つまりマイナス1150億ドル)。より効果的な対策は、太陽光発電や(食糧を用いない)バイオ燃料などの低炭素エナジーの研究開発費を著しく増やすことだ。もし2050年までに太陽光発電が化石燃料より安くなれば、私たちは温暖化の問題を解消したことになる。

というもの。要点はとにかく、新エネルギーのコストを化石燃料より安くすることだけに、最大限の努力を注ぎ込むことが温暖化問題解決の一番の近道ということらしい。たしか以前ミクロ経済学を勉強したときは、エネルギーの代替が起こるときは常に旧エネルギーの枯渇が起きるっていうとてもシンプルなモデルを勉強した気がするけど、その命題はどう処理しているんだろう。もともと天然資源採掘のコスト構造は複雑だし、僕の知識レベルではそこに立ち入ることはできないけど、とにかく彼らの理屈ではそれは起きないってことになっているんだろう。

※ちなみに彼らは論理を組み立てるために皮肉っているけど、個人が自主的に太陽光電池を導入することや、温暖化ガスの排出抑制に貢献するために裸で自転車に乗ることetc.そういう個人のイニシアチブの価値を否定してはいないと思いますw。

Lomborgがもっと根本的な問題までさかのぼって議論しているのが、Wall Street Journalのこの記事。

"How to Think About the World's Problems"

http://online.wsj.com/public/article/SB121141221734512357.html

これもコストベネフィット分析の観点からの温暖化対策に対する批判なんだけど、とりあえずここでの主張を要約すると、

同じ金額を使うなら、温暖化対策に費用を投じるより、例えば平和維持に出費した方がより多くの命を救うことができる。温暖化対策は世界の多くの深刻な問題の中では、費用対効果の効率が圧倒的に低い。(つまり、温暖化対策に莫大な費用を投じることは、より簡易な方法で得られる便益を見逃すこと、つまりより簡易な方法で救える多くの命を見捨てる政治的選択である。)

というもの。もちろんこの手の議論は、コストを仮定する段階の綿密さが命だし、これだけの規模の問題について、費用・効果を正確に割り出すことはほとんど不可能だと思う。問題によって、誰が深刻な被害をこうむるのか、被害のばらつきが違うから、ばらつきが極端な場合予想以上に深刻な社会問題が起きることは容易に想像できるし、彼らが勘案できていないコストは予想以上に大きい可能性がある。もちろん彼らの分析の正当性も疑わなくちゃいけないけど、そこを差し引いてもメディアの報道とかいろんな要素によって世論がどんどんヒートアップしてるときに、頭を冷やしてくれる研究者の声っていうのはほんとに大事だと思う。”政治化”されがちな社会的問題に冷やかにメスを入れてくれるという点で、僕は経済学や経済学者の存在をリスペクトしています。

ダンスフロアの喧騒の中でこそ、バルコニーからフロア全体を見下ろす視点をもたなきゃいけないというのは、(物議をかもしたかもしれない)ハイフェッツ氏の主張の一つ。ダンスパーティのようにとても優雅に連日コンファレンスが開かれているここワシントンDCですが、もちろんスタイルやレトリックにも敬意を払いつつ、同時にいろんなことを冷静に見る目を養えたらいいなと思います。一方で、とても平和なので、文字通りなりふり構わず踊りにいきたい気分になるときも多々ありますがw。

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国際社会の中の日本

また日経ビジネスネタです。今後も夏休みの間くらいは増えそうな予感。

「一枚岩文化」では、世界で勝てない

http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20080617/162449/

世界になだたるトップビジネススクールのIMD(スイス・ローザンヌ)学長さんのお話。冒頭で思いっきり言ってるけど、日本の経済規模は世界2位。でも競争力は22位。競争力というのは「自国民に対して富を生み出す能力の指標」とのこと。

たぶん重要なのは内訳。日本が顧客満足度1位だっていうのはアメリカにおけるすべてのサービスの質を見ればうなづける。こっちのお店ではキャッシャーが鼻歌歌ってて何も言わなかったりするし、4日連続で電話しないとインターネットも直らないくらいだし。研修・トレーニングは3位だって。企業に入社してから1からきっちり教える→終身雇用(だからこそまっさらな学部新卒が好き)っていうイメージはあるからその辺も当然か。それでも1位にならないってところにも問題がある気がするけど。

下から10~20%のところにランクされているのは、起業家精神(53位)、海外の考え方への開放度(49位)、それと国際経験(47位)らしい。、「政府の効率性」分野における「社会の枠組み」は、55カ国中51位だって。

起業家精神っていうものについては、そもそも尺度がよく分からないからおいておくとして海外の考え方への開放度、国際経験っていうのは相互に結びついてると思うし、記事でも指摘されてるとおりこの辺がやっぱりキーなんだろう。ランキングトップ10だけ引用すると。

2008年世界競争力ランキング
1 米国
2 シンガポール
3 香港
4 スイス
5 ルクセンブルグ
6 デンマーク
7 オーストラリア
8 カナダ
9 スウェーデン
10 オランダ

22 日本

面白いのは、アメリカに続いて5位までの4カ国がとっても小さな国(地域)であること。この4カ国の特徴は、いずれも複数の言語が公用語とされていて、金融セクターの発展からもよく分かる通り、開放的な政策で外資を引き付けている国々。中国語と英語をすべての人が学ぶシンガポール、香港の優位性は今後も長期間揺らがないと思うし、この二つの地域に関しては一人あたりのGDPで日本が抜かれるのも時間の問題か(香港についてはもう抜かれている?)。金融市場のみらず、最近話題になってる「空の自由化」においてもこの2地域に比べたら東京は見る影がない。

そのあとは、英語圏のオーストラリア、カナダなどに混じって、手厚い福祉とイノベーションが共存する社会として世界中から注目を浴びてる北欧勢。ふーむ。

こういう風に見ると、日本が他の国の目から見ても、将来像が見えないこと、さまざまな分野において今後を期待させるような手を打ってこなかったっていうのは間違いない気がする。

そういえば国際化に対して最近こんな動きが。

移民1000万人受け入れ 国家戦略本部が提言

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080620/stt0806200013000-n1.htm

もちろんこの件に関しては単に外国からの安価な労働力の調達っていう観点なんだったら問題だし、とにかく問題は山積み。それでも、先のポスト京都議定書のビジョンについても、公務員改革法の可決についてもそうだけど、福田政権ってわりと大胆なことをやっている、やろうとしている印象があるのは僕だけか。胡錦濤主席の日本訪問時の対応についても、こちらではかなり好意的に見られていたし、最近決定した東シナ海ガス田の共同出資についても、地理的な問題で日本に直接パイプラインを引いてガスを持ち込むのは最初から無理で、外交的には勝ちっていう見方があるし、少なくとも日中関係改善に非常に重要な一歩を達成したことは間違いない。いわゆるレームダック政権ってことを考えたら、小気味よく奮闘してる気がするんだけど、どうなんだろう。

いろいろ書いてしまったけど、結局のところ世界における日本の位置づけには敏感でありたいっていうこと。そしてやっぱり日本の先行きについてはとっても気になるけど、良いところ悪いところは冷静に見たいなって思ってます。

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すごいよ、日本の携帯

日経ビジネスに面白い記事を発見。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20080613/161910/?P=1

最近、新聞の経済面でも、ニュース雑誌でも話題になっているi-phone。アメリカではsmart phoneにカテゴライズされ、高額で最先端の技術を利用していると認識されているこのi-phoneが実は日本の携帯電話端末やインフラの先進性を証明しているという話。

i-phoneの売りは第三世代(3G)携帯であることと、GPSを内臓していることらしいけど、どっちを聞いてもアレ?って思う。けっこう前に聞いたことがあるようなって。記事に思いっきり書いてあるけど、どちらも日本ではすでに当たり前レベルだ。

昨年の夏アメリカに来て、ショッピングモールに携帯電話を買いに行ったときちょっと驚いたのは携帯が思いっきりダサいしBlackberryとかそういうのを買わない限り、ほんと何もできないことである。僕は無料のやつを使っているけど、それなんか着信は単音だし、見た目はガチャポンとかで出てきそうなくらいチープ。日本だったら無料で最高にクールな機種が(僕の主観ですが)買えるのに!当然僕の機種ではインターネットに接続なんてできません。

車などいろんな製品について言えるんだけど、日本の携帯電話市場は飽和状態と言われる。すでに製品は行き届き、人口が縮小すれば利益もしぼんでいく。だからとにかくモノは海外で売らなきゃいけない。これは一部の業界を除いて多くの日本企業に共有されてる認識だと思う。でも、これだけ先進的な日本の携帯は、海外進出に完全に出遅れた。その理由は忘れたけど、とにかく出遅れた。そんなわけで日本の携帯電話キャリアの名前も、端末もアメリカで名前を聞くことはないし、巨大な中国市場なんかも日本勢はダメらしい。とにかく閉鎖性が頻繁に批判されている業界なのだ。

ガラパゴスとは呼ばれても、結局携帯電話の利用において世界の先端を走る日本社会。単純な批判ではなく、その利点を活かしていくことを主張しているのが上記の記事。以下引用。

都市への人口集中という世界各国が抱える課題でも日本は先行している。そもそも携帯電話の技術は「自動車電話」から発展したもので、広いエリアを移動しながら通信する状況が想定がされていた。そのため「過密した都市部で」、「大量のユーザーが」、「同じタイミングで」、「移動しながら」使うなどといった状況は当初の発想にはなかったものだ。 だが、新宿駅や渋谷駅を行きかう電車内を見れば分かるように、日本では何百、何千というユーザーが携帯電話を操作し、Webサイトを閲覧したり、メールを送受信するなどしている。こんな状況で、滞りなく携帯電話サービスを運用できる技術・ノウハウを有している携帯電話事業者は世界的に見れば限られる。もちろん日本のNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルは、こうしたノウハウを有している事業者だ。

僕は、これまで日本の最も大きな問題のひとつとして、東京への過度の集中があるんじゃないかと考えてきた。地方との格差問題は、ひんぱんに議論されてるけど中心だって問題。面積に対してこれだけ人口が大きい都市は、西側先進国には存在しない。1年前日本で働いていたころ朝S京線のI袋駅で下車すると、ありえないくらいの満員電車を撮影しようと、白人カメラマンたちが並んでシャッターを切りまくっている現場に何度か遭遇した。当然バカにされているような気分になったけど、とにかくこの過度の集中によって、どれだけ労働の生産性が落ちているか、生活の質が落ちているか分かったもんじゃないと。

でも記事に述べられているように、この環境が携帯電話を「過密した都市部で」、「大量のユーザーが」、「同じタイミングで」、「移動しながら」使うことができるという"イノベーション"を生み出した。なんだか皮肉だけど、いずれにせよすごいことには違いない!そして、これからアジアとかアフリカとかの巨大人口都市で携帯電話の需要が拡大する限り、このノウハウによって利益を得ることは可能なはずなのだ。冒頭にあるように、

ソフトバンクは決算発表に先立つ4月24日、約3億9000万もの加入者を抱える世界最大の携帯電話事業者であるチャイナモバイル(中国移動)、そして世界中で約2億5000万加入となる携帯電話事業者グループを率いる英ボーダフォンとともに、携帯電話端末を使う新サービスやその土台となる技術を開発する会社の設立を発表した

らしい。実際徹底的にラブコールを送り続けて日本でi-phoneを獲得したのも彼らだし、ソフトバンクって、孫社長ってほんとにアグレッシブですばらしい。

最近、近所のシンクタンクで日本のベンチャー企業についてのお話を聞いた。そのときに印象に残ったのは、「日本の起業家の未来は明るい」っていう自信に満ちた講演者(アメリカ人)の言葉。彼女は京都のライフサイエンス企業が地域の多くのネットワークを用いて発展しており、地元のrisk-seekingで寛容な投資家に支えられていることを指摘し、日米のライフサイエンス分野で有望ないくつかの都市の中で最も将来性のある産業クラスターだと言った。もちろん、規制の面で日本はまだまだベンチャーに寛容とは言えないみたいだけど。彼女は、この研究を通じて硬直的と言われる日本の"the other side"に、つまりフロンティア精神に光を当てたかったし、それを垣間見られたととっても楽しそうに話していた。

ビジネス誌や、日経新聞の紙面にはいつも同じ企業の名前ばかり。海外の新聞やニュース雑誌が定期的に取り上げているのは、はっきり言ってトヨタとソニーだけ。そんな硬直的な日本でも、新しいアイデアを持って自分のためでも社会のためでもなんでもいいけど、とにかく一発やってやろうっていう人たちは確実にいる。そういう人たちの話を聞くと、自分も何かやってやろうって気持になるのは間違いない。

今のところ自分がどんなムーブメントを起こしたいのか、どうやって起こせるのか具体的なアイデアはないに等しいけど、とりあえずそれが見つかるまで挑戦者たちにささやかな一票を投じるくらいはしておきたい。ということで、帰ったら携帯はソフトバンクにしようかなーって思ったりしてます。

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時は流れる

民主党の大統領候補としてオバマ氏の指名が決定した。日々の課題に追われて、ほんとの意味で予備選に入れ込んでいたとは言えない自分だけど、今夜テレビで演説を聞いて、ついにこのときが来たのだということを実感するに至った。

しかし、ヒラリー、オバマの順に演説を聞いて思ったのは、彼らは本当にしゃべりがうまい。うますぎる。一言一言しゃべるたびに上がる歓声はもちろん支持者による自己演出的な部分もあるのだろうし、その演出に盛りあげられている部分もあるけど。見ていて何度か泣きそうになった。アメリカ国民でも、とくにどちらかに深くコミットしていたわけでもないのに。こんな芸当ができる政治家が日本にいるだろうか。もちろん直接国家の代表を選ぶことのない政治制度の違い、政治とメディアの関係の違いもあるだろうけど。とにかく国民が進んで加担して作る大統領選という政治的一大エンターテイメントに、世界一の消費大国の原動力を垣間見たような気がした。とくに感動したのはオバマ氏の演説のクライマックス、以下のようなセリフ(忠実ではありません)。

今、このときが戦争を終わらせ、地球を癒すための、アメリカの変化のはじまりのときだ!

オバマ氏の政策の中で、個人的に最も興味があるのは外交。最近リパブリカン陣営から批判されている点でもあるし、今週のTime誌なんかでも、ジミー・カーターのナイーブな外交による失敗を繰り返す可能性が指摘されてたけど、それでもイランやベネズエラなど"Enemy"とされてきた政権と条件なしに直接話し合う場を設けるというのは、「悪の枢軸」という言葉に端的に表されているブッシュ政権の世界観とは全く異なる。外交の行い方としてテクニカルに、短期的に効果的かどうかという問題は別として、もしオバマ氏が大統領になるならば、世界の草の根レベルでアメリカに対する幻滅が和らぐことは間違いない。つまりジョセフ・ナイ氏の言う「ソフト・パワー」を回復させるということになる。それがテロリスト組織が最も嫌うシナリオのはずだし、「アメリカを、Mr.ブッシュを非難すればよい」みたいな世界観のバイアスを打破して世界中の人がより建設的に、粘り強く一つ一つの問題と向き合える土壌を作れるのではないか。オバマ氏の貿易や税制面での主張で個人的にはどうなんだろうと思ってしまう部分があるけど、マケインかオバマかという状況になった今、やっぱり自分はオバマ氏支持です。

ここまで個人的に盛り上がってしまうと、11月の本選のときにワシントンDCにいられないのが非常に残念になったりしますが...。

とにかくオバマ氏の指名も含めて、今日はなんだか時の流れを実感した一日。

朝メールを開けてみると、中学時代の数少ない女友達の一人から「入籍しました」との連絡。ジューンブライドですね。留学前に多くの人に「結婚するときにはちゃんと連絡して」と冗談のように言ってまわっていたけど、考えてみたら結婚を本人から直接聞いたのは僕にとってはじめての経験でした。もちろん同い年では、すでに結婚している人もたくさんいるし、彼女とそれほどよく会ってたわけでもないけど、なんとなく昔から結婚願望をあらわにしていた気がするその子の結婚はなんだかじんとくるものがあった。本当にご結婚おめでとうございます。

あと、友人のJからバンド時代の音源をもらった。タイトルにさりげなくGood Byeと書いてあったのが切ないけど、実際いい曲作ったねみんな。自分はバンド時代全く貢献した気はしないし、自分自身の扱いも一番よく分かっていなかった時期だった気がするけど、とりあえずみんなにかけた迷惑をおいておけば、自分はそれでも何もできないくらいがむしゃらだったと思うし、悪い意味でもなんでもがむしゃらなら構うもんかとも思う。

オバマ氏のいうように、あるいは彼が大統領になる日が本当の歴史の変わり目になるのか。たとえそうであったとしても、自分にとってもその他多くの人にとっても、今というのは咀嚼するひまもなく本当にあっと言う間にすり抜けてしまうだろうし、変わり目を見るのはそれが歴史となってからのこと。自分は少なくとも、過ぎていく今を一回でも多く噛みたいです。

Yesterday is History.
Tomorrow is Mystery.
Today is a gift; that is why we call it The Present.

予定調和もときには、ね。

http://www.youtube.com/watch?v=wgECKj9LSH4

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エリート社会

抜群におもしろいチョイスで、ハイクオリティな記事をコンスタントに載せている気がするInternational Herald Tribuneにてとても興味深い記事を発見。

Prep schools consume Korean students' lives in Ivy League quest

http://www.iht.com/articles/2008/04/27/asia/school.php

おとなり韓国から、米国のアイビーリーグへ入るための超エリート私立高校(prep schoolはここでは私立校だと思う)の話。学校の一日は15時間、夜は眠らないように窓を開け放ち、寝ないために立って勉強する生徒もいるという衝撃的な事実。僕が通っているシラキュース大にも日本人とは比較にならない数の韓国出身の留学生がいて、なんとも教育熱心な国だと思っていたけど、教育熱はすでにここまで来ているのだ。

韓国の教育ママが子供に望むのはハーバード、イェール、プリンストンに入学すること。韓国にはSKYをはじめとするとてもいい大学があるけど、やはり英語圏教育の優位は揺らがないのだろうし、子供をアメリカに送る財政的な余力がある家庭がたくさん出てきていることもあるだろう。アジアの国々が豊かになっていくにつれてアイビーリーグが潤うっていう傾向は今後も長期的に続きそうな気がする。アメリカの大学の学費はいまでも恐ろしく高いけど、世界中から需要があってそれがさらに伸びていくことを想定すると例えば10年後にはどうなっているんだろう。

日本の若者たちは今後韓国のエリートたちと競争していけるのか、むしろ競争すべきなのか。あと、現段階で声高に叫ばれている韓国の格差問題との関連もとても気になるところです。

教育の在り方ってほんと大事だね。なんせ人生の最初のほんとに貴重な十数年間をどう使い、どういう経験を得て、どういう人になっていくのかっていう部分だし。教育を考える上で”ゆとり”の精神はやっぱり大事にすべきだと思う。

そういえば今日春学期のすべての授業が終わっていよいよ明日は教場試験2つ。

今日寝れるといいな、ほんとに。

22970731 ©New York Times

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火に油

今日久しぶりに日本のニュースサイトをチェックしたら、長野での聖火リレーについての記事があった。日本でもチベット解放を叫ぶ人と中国人留学生のこぜり合いがあるんだね。ソウルでもこぜり合いがあったとか。

この前の火曜日、近くの大学でダライラマが講演を行うということで、中国人留学生の一部がデモを行いにいくということを知った。ダライラマは公式にはチベット人の暴動を批判しているし、「中国はオリンピックを開催する権利がある」とも言っていたはず。だが、彼らにとってはそれは結局ポーズとしか映らないらしい。中国人の友人数人に話を聞いたけど、彼らが本気でダライ・ラマを嫌いであることに驚いた。

聖火リレーというイベントに乗じて、多くの人たちが感情的になりすぎている気がする。もちろん、ダライラマに対してデモを行う気持ちも、チベット解放の活動をしてきた人がこの機に乗じて声を荒げるのも分かるけど。人間そういうものなのかもしれないけど、完全にこの騒動は度を超えているし、少なくとも僕の目からはどちらの主張にもなんらかの正当化できない要素が混じっている気がする。

中国では少し前、聖火リレーの際の大騒動からサルコジ大統領の開会式不参加の発表を受けて、中国全土に支店を持つフランス系スーパーマーケット、カルフールでのデモ・不買活動が行われた。友人は、「今一番嫌われている国は間違いなくフランス」だと断言していた。彼女も嫌いらしかった。開会式不参加が、多くの国民を動員して特定のスーパーマーケットを攻撃する事態になるほど中国人のプライドを傷つけているということに驚く。情報統制の力を持つ政府は、こうした類のデモの情報交換には一切手を出さず、後で公式にデモ抑制の姿勢をとる。中国の人たちは、世界中からの中国への非難の大半が外国人ジャーナリストや調査団を受け入れず、チベット僧への過度に激しい鎮圧を隠ぺいしようとしているように見える中国政府への非難であることをすでに忘れているように思われる。年率10%近い経済成長を主導している政府に非難が向かないのも分かるけど。

「世界中が私たちを非難するのは、私たちが経済的に成功しようとしているから。」

というのは、大学時代共産党への入党を拒否したという友人から聞いたこと。中国では、大学時代に共産党がリクルートに訪れ優秀な大学生をすべて党員にする。受け入れることはその後どんなキャリアを選ぼうと有利に働くし、党員になっても面倒なことは一切ない。僕の数少ない中国出身の友人の中での話だけど、入党を拒否したのは彼女だけだ。そんな彼女も中国政府については、とてもdefensive。いずれにせよ、世界中から聞かれる聖火リレーでの小競り合いや中国への非難の論調に、中国人留学生たちはむしろナショナリズムをかきたてられているように見える。以前ここに書いた毛沢東についてのインタビューを行った博士課程の学生たちも、授業の終了直前に、チベット問題についての見解のビラを配布することを忘れなかった。

そして一方の中国批判勢力。気持ちは分かるけど、このタイミングでフリー・チベットを叫ぶことに僕はやっぱり懐疑的。チベットのリーダーであるダライ・ラマだって独立を公には求めていないし、夏に北京でオリンピックが開催されるこの時期に、問題を拡大して「チベットの独立」まで訴えることは、完全に思慮を欠いているように思われて仕方ない。中国人留学生たちが「悪意」を感じとるのはまさにその点だと思う。活動家の中には、もちろん本当に歴史的経緯や現状を理解して、チベット人のことを考えてそのような主張をしている人たちももちろんたくさんいるだろう。この機を活かしたいというのも分かる。だけど少なくとも彼らの中に、チベット解放への衝動そのものよりも、中国つぶしの衝動に動かされている人がまぎれているように見えるのは中国人留学生だけではないと思う。

集団的興奮というのはとても恐ろしい。いつからか、自分たちの主張が正当化できる範囲を超えて行動していることに中国人デモ参加者も外国人フリーチベット勢力も気づいていないように見える。結果はお互いに憎悪を膨らませているだけのように見える。もちろんオリンピックの成功を個人的には望むけど、そういうイベントごと以上に、中国の外交関係とか経済状況とかにこの一連の騒動が悪影響を及ぼさなければいいな。

PS. 中国人の友人に対して、一連の騒動の原因は中国政府によるメディアのシャットアウトに一因があるわけだし、なぜ留学生のような高い教育を受けた人たちがフランスやダライラマだけじゃなくて、自国の政府を非難しないのかと聞いたら、

「今中国は5000年の歴史で一番民主的な制度を持っていて、経済的に豊かなのよ。政府を批判できるわけないじゃない。」

と一蹴された。日本だって歴史上一番民主的かもしれないし一番豊かだと反論できるかもしれないけど、とりあえずそこで終わった会話によって中国の留学生はやはり少しナショナリスティックなんじゃないかという印象を持った。

後日、パックスアメリカーナの終焉という全く関係のない講演で、アフリカ系の教授から日本について以下のようなコメントがあった。

日本について私はあまり知らないが、中国はぜったいに自らの国を追い抜くことがないと暗黙のうちに信じている国民のイメージがある。私から見れば隣国に劣らないくらい盲目的な愛国心を持った国だ。あとは、アメリカ追随という非クリエイティブな外交をしている国だ。

とすっぱ抜かれた。反論できる部分もある。でも、ある意味で真実をついている気がして、この教授の歯に衣着せないトークに対してぎくっとしたことを付記しておきます。

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仕事とゆとり教育

*最近急いで書くくせがついていて、かなり乱雑な文章だったので一部修正しました。今はテストの勉強で更新が滞っておりますが、がんばります。

最近、パートタイム法の改正のニュースについて伊藤洋一さんが面白いコメントをしていた。

「今後は正社員というものの外に非正社員、つまりパートタイムというものを設けて異なるニーズに対応しようとするのではなく、正社員という枠組みの中で(つまり正社員としての待遇を維持しつつ)個人のニーズ毎に雇用形態の多様化をはかることが必要でしょう。」

みたいなことを。

たとえば、何らかの理由で転勤のある正社員になりたくないからパートタイムで働くというのは制度による悲劇だと思う。能力があるかもしれない人に"非正社員のための"、技術や学びを集積できない仕事をふり続けることになるわけで。

本当にこの方向性に社会が動いていくなら、日本はかならずもっと気持ちよく生きていける国になるという僕の直感を刺激するコメントでした。なぜなら、完全に僕の主観だけど、今の日本における最大の問題は「閉塞感」であって、毎年4月から3月までに生まれたコーホートごとに横に割られ比較され続けるような、横並びの世界観がその閉塞感の原因のような気がするから。「正社員」と「パートタイム」の区切りは、横並び社会においてはそれこそ社会の内と外を分けるくらいの区切りである気がする。横並びっていうのは

18歳で大学進学。22歳で就職。60歳で退職。

という具合に年齢と人生のステップを1:1で結びつけること。

もちろん、こんな人生はもともと個人レベルでは当てはまらないかもしれない。退職後に別の仕事やボランティアをやるひとが増え余暇のレベルではさまざまな選択が肯定されているかもしれないし、退職を遅くできる制度もあるだろう。ただ、集団的にシェアされてる「人生のペース」としての、ものさしとしてのこの概念は未だに機能しているといっていいんじゃないかと思う。少なくとも「浪人」、「留年」、「転職」などと言った言葉があって、それがどことなくデンジャラスな響きを失わない限り。

この考えは、エコノミスト・宿輪氏が最近日経ビジネスに載せていた考えととっても共通するところがある。

昨年の3%台のGDP成長率が国民の実感と完全に食い違っているのは、成長が企業の投資によるものであり、内需が拡大していないからだというのはよく言われていることだけど、宿輪氏はそれに対して以下のようなコメントをしている。

(引用するのが面倒なので僕の解釈です)

日本においては経済の動向を表すのに非常に独特な「景気」という言葉を使う。景気とはまさに気分のこと。3%以上の実質GDPの成長というのは、先進国にとっては非常に優秀な数字だが、それは国民がものを買ったことによるものではないという。つまり国民の気持ちの上向きから出た数字ではないということだ。”景気”はGDP成長率とは別のものなのだ。日本の人々は自分たちの先行きが良くなるということを信じていない。それが信じられない限り”景気”は上向かない。

大不況に落ちいった90年代以降、今でも日本は閉塞感をぬぐいきれていない。その理由のひとつとして彼は「ゆとり教育」の失敗を指摘している。ゆとり教育というのは理念としては共感できる部分があるけど、僕もやっぱり失敗だったと思う。なぜなら、ゆとりをもたせる→教育の時間を減らす→教える内容を減らすという、一切工夫のない改革だったから。

宿輪氏は、この”ゆとり教育”の代わりに、生涯学習としてのゆとり教育を提案しているように思われる。つまり、ゆとりは義務教育の時間を単純に減らす、勉強させる量を減らすということじゃなくて、大人になってから教育を受ける権利を暗黙のうちに担保することによってこそ生まれるものだという考えである。そうすれば、やみくもに若者の学力の低下を憂うようなこともなくなるし、同時に親も学生たちも教育というものに対してもっと広い視野で、人生を豊かにするものとしてとらえることが可能になるのではないか。

22歳までで教育は終わり

→大学は遊んだ方が良い

→大学受験までに詰め込もう

→というか22歳、最低23までに終わらなかったらやばい

→それを過ぎてもう一度学生に戻るのは著名MBA以外とてもリスキー

という考え方が無言のうちに存在している気がするけど、たとえば人気になっているMBA留学以外の面でも、中年くらいの社会人が大学院に戻って1年や2年勉強することが評価される社会になれば、そういう人生を豊かにするチャレンジを助けられる社会になれば、そもそも上のような図式は消えうせる。自分が学んでいるものはそもそも何なのか、それが分かったのは個人的には大学生以降だし、さまざまな知識を積んだ上で、学ぶことの面白さを知る人も多いと思う。それを考えたら社会人になって学生として再び学びたいことを心に抱いている人はどれだけ大勢いるのだろう。

横並びを打破するには、それに加えてやっぱり日本の教育制度の核になっている大学入試を変えることが重要なんじゃないかという気がする。

たとえば(前から友達にはさんざん言っていますが)大学受験の英語をTOEFLに統一するのはどうか。そうすれば、そもそも日本の大学に行くという選択肢が相対化されるし、TOEFLを高校の卒業までに自分のペースで受けてそれなりの点数をとれれば、あとは奨学金の出具合とか好みで欧米、アジア、アフリカなどの大学に進学する可能性を考えられる。そういう人が増えれば、「東大→京大→→→」みたいな人生を分けるピラミッドのイメージすら意味を薄める。だれもが行きたいところへ行って、これまでになかったような特技を持ち合わせればいい。語学だけじゃなくて、楽器の演奏でも、アートでも、友達でも。

もちろんそれを保障するために日本はもっと奨学金を充実させる必要があるだろうけど、海外で教育を受けた人材を欲しがっている企業が資金をプールしてTOEFL一括に変えて浮いた費用を政府が援助したら、それなりの基金はできるんじゃないだろうか。あとTOEFL勉強の負担に関しては、それほど大きくはならないと思う。今なぜ日本人にとってTOEFULがむずかしいのかを考えたら、中等教育における英語教育が英語を使って表現するという目標に対してあまりに非効率だから。TOEFLを主眼においた英語教育の改革をすれば、中等教育の6年間の英語教育は必ず良くなる。そして現政権も必死で招こうとしている海外からの留学生もどれだけ日本に来やすくなることか。

とにかく、横並びをこわすこと。同じ民族という大前提を置いた上で、同じ年齢の人たちを無言のうちに敗者→勝者の線上においていた世界観を機能不全にさせること。違うペースの人生の存在、全く異なる体験にちりばめられた人生の存在を日本の中でもっともっとあたり前にしていくこと。そういう制度改革こそが、必要とされているものなんじゃないかってなんとなく考えてきた。

そしたらきっと、海外から訪れる人たちや、同じ日本人でも本当に価値観の異なるひと、これまでだったら敬遠してしまっていたような人たちをミックスさせる土壌にもなるんじゃないかな。

それはまた、もっといろんなものが見える人生が送れる社会を作ることにもつながる。ほんとそういう社会にしよう。と思うのも、自分も閉塞感っていう言葉でしか表わせないフィーリングを実感してきたからだと思う。「将来自分は親より絶対に豊かな生活が送れる」なんて僕もいつの日からか全く思わなくなっていたのだ。テクノロジーの進歩はもちろん自然発生的なものではなくて、多くの人の努力によって最終的に達成されるもののはずなんだけど。

それでも極端にいえば、空飛ぶ車とか変な形のビルとか、きらきらした服とかそういう未来予想図を描けなくなったこと、すでにそれすらレトロなイメージと化してしまったことこそが、90年代の不況によって失われた何かを象徴しているんじゃないかと思う。

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Superなここ数日

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©New York Times

ここ最近、宿題につかまることが多くなってきた僕。ちょっと前までは、半馬身差くらいをキープして逃げていたんだけど、帳尻を合わせられない日も出てきました。そんな中明後日からはワシントンDCへ国際機関やNGO、シンクタンクの訪問旅行に行く予定になっています。それに3日間を使うということは・・・来週がとても心配。とても。

そんな風にふつうに宿題と格闘している僕とは関係なく、ここ数日アメリカはSuperという名前がつくイベントで盛り上がっています。

まずは日曜日。アメリカ中のスポーツファンが最高に盛り上がる日、その日のために薄型テレビが恐ろしく売れる日、そして(スポーツ観戦のためという皮肉な理由で)スナック菓子や清涼飲料水がもっとも売れる日として知られるスーパーボウルです。

今年は、ニューイングランド・ペイトリオッツが19勝し、歴史的な完全優勝の瞬間を見られるのではないかという期待がスーパーボウルの盛り上がりに輪をかけていたみたいです。実際、今年はボストン・レッドソックスの優勝もあったわけで、絶好調だったボストン周辺の人たちの期待はものすごいものがあったはず。しかし!試合終了間際、ペイトリオッツまさかの逆転負け。学校では、このショックから立ち直れないというペイトリオッツファンのつぶやきもちらほら。ジャイアンツファンのマクロ経済学の教授はウキウキ。

実際、スーパーボウルの醍醐味は、試合だけではなく、時間外に行われる恐ろしく豪華なライブパフォーマンスと、その日のために莫大なお金をかけて作られたCMであるらしい。どこかで読んだ記事によると、CMを見るためにスーパーボウルを見る人が全体のおよそ30%。数年前日本で観たときには、ローリングストーンズがライブをやっていた気が。とにかくすごいイベントなんだね。

僕は見られなかったけど・・・・・・。

そして、本日火曜日はSuper Tuesday。民主党、共和党ともに人口の多いニューヨークやカリフォルニアを含めた20数州で一気に予備選が行われる日。ギャロップでは単独で40パーセント以上のだんとつの支持を集めている共和党のマケイン候補が、勝利を確かなものにできるかどうか。そして、民主党の方は、ヒラリー候補の圧勝と見られていた数カ月前から状況が一転。現在のギャロップでは同氏と全く差が見られないところまで支持を広げているオバマ氏がどれだけ支持を分け合うのかというところに注目が集まっているみたい。現在、風向きは民主党本流であるケネディ家の支持を受けたオバマ氏に傾いているため、ここでヒラリー氏が「圧勝」できなかった場合、彼女の今後の見通しはかなり厳しくなるとのこと。

そして、ニューヨークタイムスにはエコノミスト・クルーグマン博士による気になる記事が。

http://www.nytimes.com/2008/02/04/opinion/04krugman.html?_r=1&oref=slogin

ものすごくかいつまむと、ヒラリー氏とオバマ氏の提唱している健康保険制度を比較した場合、ヒラリー氏の「皆保険」制度の方がわずかなコスト増で2倍近い非加入者をカバーできるすぐれた政策であるということ。もちろん、大統領選の焦点は、保険制度だけじゃなくて、現在の金融市場の大荒れとリセッションの懸念といった経済により注目が集まっているし、移民問題、そしてイラクなど多岐にわたるわけだけど、こうして分かりやすく政策の比較をし、冷静な視点を提供してくれる専門家・メディアの存在は大切だね。もともと博士は痛烈なブッシュ政権批判と、皆保険制度の推進者として知られていることは置いておいて。

いずれにせよ、現在アメリカ国民が大きなChangeを求めていることは間違いない。共和党のトップを走るマケイン氏は中道で、伝統的な保守層からは嫌悪されている存在。オバマ氏の台頭も、「ロックコンサートのようだ」と評されるカリスマ的な演説に、大きな変化の期待を持つ人たちが惹かれているからだろう。

この前アメリカ人のErinが

「今の時代は、アメリカ人にとって本当にembarassingなのよ。ベトナム戦争のときに例えられるくらい。私の友人では、海外に行ってもカナダ人だって名乗るのが流行ってるくらいよ。」

と言っていた。

「誰が次の大統領になろうと、今の大統領より良いに違いないわ。」

という彼女の言葉は、多くのアメリカ国民の素直な気持ちを代弁している気がする。

そうこうしているうちに、ヒラリー氏がニューヨークとカリフォルニアで勝利した模様。まだまだ結果は分からないけど、せっかくめぐり合わせた大統領選の年。今後も注目していこう。

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©New York Times

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Race

思うところ、言葉足らずなところががあった気がしたので少し加筆しました。

The Economist誌の記事に、大統領予備選についての興味深い記事があった。

"Race and the Democrats"

http://www.economist.com/displaystory.cfm?story_id=10566696

以下要約。

オバマ氏の台頭は、アメリカの人種問題脱却の象徴であると見られていた。事実、最初の予備選の舞台であるアイオワ州はかつて黒人排斥主義が存在した地であり、そこでの勝利はアメリカの「脱・人種」を強く印象づけた。しかしその勝利はヒラリー支持層の反発を招き、それがオバマ支持層に"人種蔑視"ととられた。そうした動きが収まらないうちに、ネヴァダではアフリカンアメリカンの勢力拡大を恐れるヒスパニックが大挙してヒラリー支持に走り、ヒラリーが勝利。民主党候補者がいつの間にか各エスニックグループの支持を分断しつつある。この傾向が続けば、どちらが予備選を勝ち残ったところで11月の大統領本選で特定のエスニックグループを動員できなくなる可能性が高い。最悪の場合には、共和党のマケイン候補のような中道主義者に大量に票を回収されるというシナリオも考えられ、民主党が大統領を送り込めなくなる要因にもなりかねないとのこと。

“I DON'T want us to get drawn into this notion that somehow this is going to be a race that splits along racial lines”

というオバマ氏の訴えはその危機感を表しているんだって。 (race=①人種②選挙戦etc.)

人種意識をあおるようなつもりはないけど、とにかく、そういう危惧が提示されている以上、アメリカという国でいまだに人種が問題になるというのは事実だと思う。肌の色の違いだけじゃなく本当にさまざまな文化をもった人たちが存在していること、それが引き起こすconflictに注目すれば、それ以上に奴隷や人種差別という歴史に注目すればそれはアメリカの汚点になる。それでも共生を志向し、誰もが正当にアメリカンドリームを夢見られる環境に近づいていくならば、それはアメリカの大きな誇りになるのかもしれない。

最近、個人的には、最大の経済力を持ち、世界で最も力のある国がそういう成り立ち方をしていることに尊敬の念を覚える。それゆえに、アメリカ人であること、アメリカの価値、つまり多くの人が家に国旗が立てちゃうようなpatriotismを積極的に形成することがこの国の動力を維持するのに必要なんだろうなってことも想像できる。もちろん過度なナショナリズムは別問題として。もちろん、実際に経済面での人種間格差は未だにあるし、党派主義のような動きもまだまだ存在し続けるのかもしれないけど、それでも世界のリーダーたる国が内部で多文化共生の努力を継続し続けることができるなら、そしてもしそれを達成し世界にモデルとして示すことができるならそれは本当にすばらしいことだ。たぶん国外に民主主義を広げることよりも、何よりも価値があるように思う。

そんなことを考えながら、Culture in World Affairsの文献を読もうとしたら、テーマは"Race"。 Charles Hirschmanによると、人種やレイシズムの考え方は、古代のものでも民族的な信条でもなく、"modernity"(現代)の発展とともにここ400年のうちに形成され、19世紀後半、20世紀前半にピークを迎えたらしい。

以下論点をまとめる。

・古代からethnocentricつまり、自分が所属する(想像の)共同体が他より優れているとみなされる傾向は確かに存在した。しかし、他との「相違」を生れながら持っている特徴に帰し、同化することを不可能であると考えるracismがあらわれたのは近代の話。

・Racismの萌芽は13世紀スペインのユダヤ人政策に見られる。しかしその拡大には、1)新世界のプランテーション経済において数百万人のアフリカ人を奴隷化したこと、2)19世紀のヨーロッパ植民地制度の世界的拡大、3)ヨーロッパの優位性に偽りの科学的根拠を与えたSocial Dawinismの隆盛がかかわっている。事実、17世紀後半まで、現代の意味のraceやそれにあたる言葉は存在しなかった。

つまり、Raceというアイデアが植民地経済システムが効率的に作用するために"有用"であったこと。言い換えれば、Raceは概して白人が非白人を酷使しているという事実を積極的に正当化しようとした(忌々しくも自然発生的な)知的活動の産物ってことなんじゃないかな。だいぶ端折った気がするけど。

この論文は、以前僕が感銘を受けたJared Diamond氏の理論をたくさん引用していて、とっても興味深い。この本を読んだときの興奮を思い出した。

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎 Book 銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

著者:ジャレド ダイアモンド
販売元:草思社
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現代に残る多くの技術を開発し、ある見方では世界の覇権を握ったヨーロッパ系人種。彼らの覇権がいかに多くの環境的優位(偶然性)に支えられたものであったかを科学的に論じる大著。人類がいかに多くの距離を移動し、異なる人種と出会い、それを同化あるいはときに消滅させてきたのか、そして僕たちがいかに長い歴史の途上にいるのかということを大きな目線で考えさせてくれる本です。

さらに思い出すのは、夏の語学学校でMediaについて議論したこと。ムスリムの女の子が

「メディアが行っているのはmanipulationにすぎない。肌の色が白いことが美しいことであるとするのは、私たちがそれに浸り続けているから。」

という発言をしていたけど、たしかに情報を大量に頒布するMedia、っていういかにもModernityの象徴であり、確実に白人社会をメインストリームとしてきたものが、どれだけ現代の僕たちの価値観に作用したのか、「白い肌」への需要を長期的に、人工的に作りだしてきたのかっていう部分は興味深い。

ふだんの生活でキャッチした情報や、授業のために読む本、これまでに得た(わずかながらの)知識。そういうものをうまくリンクさせて、自分の考え方の枠組みをopen-endに作っていきたい。それと同時に、今現実に存在している問題について知ること、問題意識自体をもっとシェイプする必要性を強く感じている最近。

学び続けるなら、そういうリンクの瞬間が増えるはずっていう信念がきっと僕の原動力で、社会科学の領域をずかずかとまたいでいく国際関係っていうものを学ぶものとしてのアイデンティティのような気がしています。

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責任とは・・・

12月28日、薬害C型肝炎の被害者を一律救済する法案骨子が与党のプロジェクトチームによって正式決定された。読売新聞によれば、焦点となった「国の責任」について、救済法案の前文は「甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任」との表現を採用したとのこと。

一連のニュースを受けて、僕の家族もせわしなく動いています。

母がC型肝炎キャリアであると分かったのは、十数年前、僕の妹が小学校に入学するときに献血をしたのがきっかけだった。

数日後、血液センターから

「C型肝炎の可能性があるので、一度病院にきて詳しい検査を受けてください」

という連絡を受けた。陽性であることが判明したとき、本当に目の前が真っ暗になったらしい。父に至っては、動転して「献血になんて行かなければよかったんだ」とまで言ったらしい(後日何度もそのことを謝った)。母がずっとかかっていた医者によれば、出産で大量出血した際に、輸血が行われそこで感染した可能性が高いとのこと。C型肝炎は、潜伏期間があり場合によっては、一生発症しないこともあるそうだが、発症した場合肝硬変や肝臓がんを併発する可能性が非常に高く、死の危険性もある。30代でそれが分かった時は、長くは生きられないかもしれないこと、そして何より母子感染で僕たち兄弟がC型肝炎キャリアとなっている可能性が心配でたまらなかったという。

「子供に感染していたら、それは責任感じるよ。」

僕はそれについては、そんな必要はないと言ったし、ほんとうにそう思う。だけど、それなら責任というものはいったいどこにあるんだろう。多少なりとも国にあるとしたら「国」って何なんだろう。

僕は数年前普通免許を取得したときに献血をして、C型肝炎キャリアではないことが分かった。兄も陽性ではなかった。

母は十数年間、半年に1回の定期検診を続けてきた。幸いまだ発症はしていない。

そんな母も補償が受けられるかどうかは定かではない。証拠となるはずのカルテが廃棄されている可能性が高いからだ。カルテは5年程度をめどに病院で廃棄されており、僕や兄の出産のときのカルテが残っている可能性は残念ながらわずかだから。実際、カルテが廃棄されている可能性がある人が薬害C型肝炎被害者の大部分を占めるという。今後この点に関しても、どのような補償の枠組みが作られるのかということは、僕の家族にとってはとても重要です。

そして推計によればC型肝炎キャリアで自覚のない人が国内に200万人いると言われているらしい。それだけ大きなまさに歴史の負の遺産。今後もこの件については注視していきたいです。

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"The Giant" took off

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Copyright: REUTERS

Yesterday, an unprecedented giant airplane, Airbus 380 succeeded in its memorial first flight from Singapore to Sydney. Most of the Western media excitedly broadcasted this event, and I guess the Japanese media, too. In fact, this news induced me a sort of deep emotion because we have been studied about aircraft industry intently in the recent Microeconomics class.

The aircraft industry is well-known as a epitome of "duopoly" where very limited number of big firms compete in the market, namely Boeing (US) and Airbus (France) in this case. Generally, Japanese passengers might be more familiar with Boeing, because Japanese two major airlines, ANA and JAL have employed the famous Boeing 747 as their core airplanes. Anyway, due to the huge recurrent fixed cost for Research and Development, the aircraft industry can be considered as hardest industry for new entry and moreover this characteristic has made its dramatic industrial history in which many losers have disappeared completely.

Since our recent class has focused on "monopoly", I'd like to trace back a little bit its history to the period when Boeing determined the withdrawal from the development of giant aircraft which should have been a counterpart of Airbus 380. Actually, one of the sample questions for the latest Midterm was exactly about this "decision" made by Boeing. The question was;

"Suppose, Boeing had a technological edge over Airbus that made its variable inputs and variable costs 5% lower than Airbus's counterparts. Can you defend Boeing's decision as entirely 'rational'?"

The key idea to this question was to regard the giant aircraft industry as "global natural monopoly" occupied by Airbus. The global natural monopoly is an industry whose market output is produced at the lowest cost when production is concentrated in the hands of a single firm. By and large, the aircraft industry has a feature that the fixed cost will make up 10-20 % of the sales price depending on sales. For example, A380's development budget is said to be more than $12 billion. If Boeing had tried to develop a counterpart of A380, it would have paid as much as Airbus did, and then, both of them had to compete for larger pie in a small market to cover the astronomical development costs! Furthermore, Airbus's time lead was crucial. In the natural monopoly market, the first-mover reaps a much benefit because the more it produces, the less average cost it would bear. In this case, it can be said that Airbus's time lead was large enough to hold Boeing at bay even if it had the technological edge over Airbus.

The intriguing idea implied in this question was about the "social cost" which people have to bear if Boeing's 5% technological edge were the case. If so, it means the natural monopolist (Airbus) got lucky "first-mover advantage", so that for all its life Super-Jumbo prices are up to 5% higher than they should have been if history had worked by efficiency.

Oh, it's getting too long...but all I wanted to tell you is that the aircraft industry is truly dramatic battlefield, involving a lot of fateful decisions which easily bring big companies to ruin. To stretch the subject into airline service, the scope of the stakeholder is immeasurable, involving much political bargain.

The airline company which won a honor of the first flight of A380 was Singapore Airlines. This was certainly a political achievement by Singaporean government which has been standing at the forefront of the race for global hub of air transportation.

Japan is also said to be in the race. Nevertheless, ANA and JAL have no plan to employ A380.    

Anyway, airplanes are taking off and landing, literally with a number of people's dreams and aspirations!

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I don't care if it's a US strategy...

Global Shift: Mapping the Changing Contours of the World Economy (Global Shift: Mapping the Changing Contours) Book Global Shift: Mapping the Changing Contours of the World Economy (Global Shift: Mapping the Changing Contours)

著者:Peter Dicken
販売元:Guilford Pr
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Recently, it seems I’ve been losing my drive for further study. I suppose (rather hope) this is not because of the result of micro’s midterm which was not significant in any sense. But because…maybe, I’m lacking a kind of excitement in both my daily life and especially, part of my course-works. (Universally unpopular Stats, isn’t it?)

So, this might be best time to embark on something fresh, that is to say, writing this blog in my undeveloped English! Now, I beg all of my readers to be patient with my English skill and readily point out any mistakes and obscure sentences (and moreover give me any kind of comment!)

Today, since I didn’t have any class, I spent most of my time to read through Peter Dicken’s “Global Shift” which is a required book for one of my courses, “Global economic geography”. This course is designed to explore the economic aspect of so-called “globalization” (admittedly, this theme is gigantic for the only one class, but I prefer this kind of big-picture because you know, I am a perfect novice in this field and this is the first semester!)

By the way, the topic of this week’s class was “changing role of the nation-state under globalization”. As many of you might have ever heard, it is often said that under the current process of global economic integration, the ability of nation-state has been undermined, especially in terms of macroeconomic policy. But all of the required reading was harsh criticism toward this kind of neoliberal-encouraging view, saying "nation-states have retained substantial power, or moreover they might have reinforced it through the second half of the 20th century". One of them asserted that globalization itself is the intended phenomenon that has been vigorously encouraged by capitalist class in advanced countries and their “subordinates” who have controlled developing countries! The most intriguing point of this thesis was that the world capitalist class “alliance” involves macroeconomists themselves, and others who were educated in West countries’ high-profile institutes. According to the author, most developed countries, especially US, have been elaborating the world so as to gain more and more benefit.

Frankly, this argument reminded me of one of the most famous US scholarship. (Johnny, I told you about this before…)

Actually, I know a lot of truly excellent students with this scholarship. And among them, one of my former classmates, a guy from Burma (Myanmar) was unexceptionally smart. (He NEVER called his country “Myanmar”.) He came to the US to get graduate degree in Political Science with fully covered scholarship from US government-affiliated fund. Our question was: “How did he manage to escape from his country which was strictly controlled by junta?” As students with common sense, nobody tried to ask this kind of too sensitive matter, and therefore no one knows the truth. However, I dare to say that even some scholarships are not politically neutral, and in this sense, they can be regarded as a part of the implicit US strategy!

Anyway, at least in this case, I totally support the decision made by the selection committee of the scholarship even if it was indirectly for US and Western countries’ benefit. These days, Western media have been busily broadcasting the tragic situation in Burma, i.e. junta’s cruel cracking down on protestors including monks. I feel in a little bit gloom, thinking of the guy who must be studying hard somewhere in the US, probably feeling strong anxiety and frustration.

A British news magazine, The Economist mentioned the fact that even though the Myanmar junta has been shutting out foreign journalists, we can easily access many movies depicting current situation inside Burma through Youtube.

At least, it is true that modern technologies are certainly penetrating national borders, even if the nation-states remain significant control over its domains!

Myanmarreu

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