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2008年12月

2009

今日、電話で内定の通知を受け、僕の異様に短くて凝縮された就職活動は終わった。それなりに遍歴があったとはいえ、ひとまずこの結果には大満足。来年4月から、また東京で働いていくことになる。内容は、かなりおおまかにいえば各種の社会(福祉)事業への投資ってことになるのかな。国際関係の中でも、非常に深刻なレベルの問題―貧困、疫病、飢餓、そして社会的差別―への対策と共に、貿易のインフラ整備、日中関係改善へのとりくみ、国内では非営利部門の発展にも関わることができる仕事です。まさに僕にうってつけです。w

ひとまず、来年の僕のスケジュールについてめどが立ったことも大きい。今から2月、3月のバケーションにどこの国に行くか考えなくちゃ。シンガポール出身のクラスメートから熱烈に招待されているので、マラッカ海峡を見に行くのもいいかも。そしたら、マレーシア、カンボジア、タイ、ベトナム、ラオスも見てみたい。でも一方で前々から縁があるのに行けなかった南アフリカにはぜひこのタイミングで行っておくべきな気もするし。日本の友人たちはロシア旅行を計画しているらしいから、できるならそれにも加わってみたいし...。うーん、bank accountの残額を見ると少し現実に引き戻されるけど、これを考えるのは楽しすぎます。世界ってほんとにおもしろそうなもので満ちてますね。

それにこのブログも、今回のような仕事に決まったことで、(場所は移るかもしれないけど)来年もきちんと続けていくことができるような確信も得ました。これまで僕はDevelopmentとは言ってもLDCの開発ではなく、アジアの中所得国の経済発展の方を主な対象に勉強してきたのですが、双方を包括した本当に広義のDevelopmentについて今後もアカデミックな視野を深めていく必要があるし、そうしていきたいと思っています。仕事のためにも、僕自身の興味のためにも。だからこのブログを通じて、自分の問題意識をシェイプしていくことは今後も有意義であり続けると思います。

いろいろ本当に楽しみになってきた2009年。ひとまずはペーパーを仕上げて、卒業するのが先決だけど。
澄んだ関東の空に、いろんな希望を描いている年の瀬のとある一日です。

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今年を彩る10曲

今週はNY Times, BBCの中国版、Asia Week、Voice of America、そして香港のMing Paoへのアクセスが中国政府によってブロックされた模様。NY Timesには今朝の時点でまだアクセス不可能。ペーパーの最中でニュースをそれほどチェックする時間もなかったから別に問題はないんだけど、こういう形のネット検閲が果たして効果があるのかは疑わしい。一体何を隠したいのか気になるから、少なくとも僕は必ず後で内容をチェックすると思うし。でも、これは完全な推測だけどYoutubeにもどうやら検閲が入ってる模様で、今週はLoadingが格段に遅くなりました。音楽のストリーミングがいちいち止まることほど苛立つ状況はなかなかありません。

Why Music?
The Economist

タイミングよくこんな記事もありましたが、理由はともあれ僕は常に音楽とともに生活しています。ひとつだけきちんと受け入れたいのは、事実として音楽を聴くことはご飯を食べることとかと同様、効率いかんにかかわらず生活の中にあることが普通だってこと。僕はよく一人の時間に音楽を聴きすぎて自分の生産性のなさに幻滅することがあるんだけど、そういう感情で音楽の喜び自体を減じたくないなぁと最近よく思います。結局やるべきことはやらなきゃいつでもへこむわけだけどw。でも、音楽に夢中になるのはごく自然なことであるということをきっちり認めていきたいなと。

それにしても、今年はほんとにVan Morrisonばかり聴いていました。ワシントンDCにいたころテレビでStill on topのCMを見たときには彼のCDをTVコマーシャルで流せる国っていいなーって思ったものです。そしてこのブログに過剰に張り付けてきたことからもご察しの通り、Badly Drawn Boyも僕の生活に寄り添っていました。

というわけで、何かといろいろなランキングがあって楽しい年末。友人のこころにいばらくんの企画をもろにパクらせていただいて、今年なんだか個人的によく聴いたなぁという曲ベスト10を考えました。彼の影響で、フィッシュマンズ聴きながらペーパーを書くはめになり、また生産性が気になっていますがw。これを書きながらも思い出ぽろぽろです。

#10 Lily Allen - Mister Blue Sky

夏の朝、ワシントンでの出勤前に。でも、北京の白い空に対してこそささげたい。

#9 World Famous Supreme Team - World Famous

とあるミックスに入ってた曲。走りながら聞いてるけど、この曲が流れ出すと復活。

#8 The Verve - Sonnet

紅葉のボストンでこの曲を聴いてるとき、自分が途方もなく遠くにいる気がした。

#7 TLC - Waterfalls

夏。ワシントンのシティライフと、とけるような暑さに最高にマッチ。

#6 Nice & Smooth - Cake & Eat it too

シラキュース生活の終わりの時期に没頭。鮮やかな新緑にフィットしたメローチューン。

#5 Badly Drawn Boy - One plus one is one

中国留学直後、なぜか毎晩この曲。なんだろう、この感情。

#4 木村カエラ - リルラリルハ

心のユンケル。深夜にこの映像を見るために突然Youtubeを立ち上げるときの自分の顔は想像したくない。

#3 The Thrills - I came all this way

超スイート。いつまでもこんな季節の中に。

#2 The Clash - Four horsemen, I'm not down

思い出すシラキュースの雪と極寒。負けてたまるか、ちくしょう。

#1 Sara Bareilles - Bottle it up

雪解け、鼻をつく春の花のにおい、一方でいつまでも終わらないペーパー。そんな条件下でなぜか1日に20回くらい聞いた。たぶん、すでに恋。

というわけで、なんだか暑苦しい上に、ガーリーな趣味を持った自分を再発見しつつありますが、こんな僕を来年もどうぞよろしくお願いします。

今のところは、またペーパーに戻ります。

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Life

いよいよ今学期もファイナルペーパーの時期がやってきた。多分にレクリエーションを含んだ中国語学習と、アメリカの大学院に比べたら少なめな大学院のワークロードと、そしてeasygoingな隣人たちのおかげで、最後の学期であるはずの今学期はシラキュース時代のような切迫感がないなぁとずっと思っていたんだけど、最近は夜パソコンに向かっているときに1年前の気分を少しだけ思い出す瞬間があります。黄色と赤線だらけの論文を机の上にいっぱいに並べて、ReferenceとAppendixと、ペーパー本稿に使うためのメモを同時に開いて、どうしても集中できなくなったら薄くインストものの音楽をかけて。こういう感じで地球の裏側でもペーパー書てたなぁって、しみじみと感じます。

そして一方で、ファイナルペーパーの一つ目を書き終えたら、就職活動の面接を受けるために来週は一時的に東京へ戻ることになっている。そしてたぶん、その結果次第で僕が少なくとも来月1月のマスター取得後に何をやるのかがはっきりする。就職活動の延長も含めての話だけどw。
2008年末、ちょっとした人生の岐路に立っている僕。それだけにいろいろ考えます。

最近、最も親しい友人二人との会話も主に就職活動について。二人とも欧州出身で、僕からしてみたらまばゆいばかりの多言語能力と履歴を持っているんだけど、就職活動にはかなり苦労している。そもそも欧州の企業については「年齢が若すぎる」ことを理由にエントリーレベルの採用を断られるケースが多いそうだ。あっちではそもそも学部卒では”高学歴”とは呼ばないくらいだし。24とか25の修士了でも、知的労働のプロフェッショナルになるには若いのだろう。このへん22歳、23歳限定みたいな日本企業の採用とはほんとに対照的。でも、二人とも、世界のどこで働いても”本気で”かまわないっていうスタンスだし、少なくとも日本語ネイティブであることを活かせるのを前提に職を探し始めた自分とは、もともと想定している企業群のスケールが違う。そして、僕と違って、自己分析本や業界研究本などを保有している様子もない。(僕も使ったことないけど)日本のリクナビみたいな就職活動のポータルサイトもない。とにかく、すべては世界中の組織のエントリーレベルのvacancyの告知や、関心領域で働いている大学院のalumniを見つけてファーストコンタクトから、という本当に雲をつかむような彼らの就職活動のやり方に個人的には興味しんしん。それが良いのか悪いのかは別として、日本みたいに本当に定式化された就職活動を行うのと、彼らのようなやり方をするのとでは、それだけで仕事や人生に対する考え方が違ってくるだろうな。間違いなく。

そして中国語の語学の学校にもいろいろな人たちがいる。高校卒業したてでひとまずやってきて、1年か2年か中国語を勉強してから、大学に進学しようかなーっていう人。学部や大学院を休学してやってきた人。大学を卒業後、進路を決めずにやってきた人。仕事を辞めてきた人。それも世界中からのそういう人たち。いずれも、普通の日本的感覚でみたら、冒険者かもしれない。ともかく、少なくとも、彼らには生き急ぐような切迫感はない。彼らにとっては、たぶん今の生活は、勉強も遊びも自然にすべてを包括した"life"なんじゃないかな。一緒にいろんな国のdrinking gameをしたり、朝まで踊ったり、ホームパーティに行ったりしてると、彼らにとっては世界中が遊び場であって、人生は一切物理的な距離や段階によって区切られることのない、単なる冒険のような気がしてくるのだ。

たぶん、そういう周囲の一切のことが、今の自分の考え方に影響している。そして、それ自体は良いことのような気がしているし、この感覚はずっと忘れたくないと思う。僕がいま生活している場所が、たぶん中国も含めて、どこの社会でもないこの場所が、おそらくこれまで人生を通じて大なり小なり感じてきた社会的な役割期待みたいなものをとことん忘れさせている。自分を縛るものは、本当は単純な身体の老化とか寿命とか、そういうフィジカルなものだけなのだ。それですら、本当に自分を縛ることはできないのかもしれない。少なくとも自分が何のためらいもなく所与としている役割や位置づけ、そしてそれゆえに感じてしまうすべてのプレッシャーや限界は、究極には自分で作って自分に上塗ったものでしかないということを心にとどめておきたい。

今やっているペーパーも僕はこれをやりたいってだけの理由でやってるんです。

本当はw。

ということで、音楽でも聴きながら楽しくやります!

なんせ、最後だ!
Badly drawn boy "Pissing in the wind"

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Now we need CHANGE as well

アメリカの自動車メーカーの救済案がアメリカ上院で否決された。

これについては賛否両論あるんだろうし、僕個人としてはどちらかというと共和党反対勢力の論理に同情的なんだけど。でも、ネガティブな側面として一番こわいのが消費者心理の著しい悪化。自動車産業は階層的なピラミッド構造になっていて、最上部の組み立てを行うGMやフォード、クライスラーといった会社を無数のサプライヤーが支えているから、頂点が破産申請した場合影響がどこまで広がって失業者が増えるのか、末端で整理不可能な資産がどこまで失われるのか分からないというのが一点。それ以上に懸念されるのが、後半に大きく失速しつつも20世紀を通じてアメリカの代表的な会社でありつづけたビッグスリーの破産が、世界の消費者心理に与える衝撃だと思う。そうでなくとも、新聞は連日暗い暗いニュースであふれているのに。さらにGMの破産申告が各国で一面をにぎわす事態になれば、それは今を生きる人々の心理に「これは本当に歴史に残る大恐慌だ」っていうことを深く刻みこむことになるんじゃないかな。そうなったとき、すでにそれは”現実”だ。

ビッグスリーは、よく改革を30年先送りにしてきたと言われる。70年代にトヨタがJust-in-timeとかKaizenの哲学によって世界の製造業に革命をもたらしたトヨタ生産方式を世に広め始めてから、そしてオイルの価格上昇によって大量にガスを食う大陸的な大型車の価値が疑われ始めてから、彼らの競争力の劣後は明確だった。さらには、UAWというおそらく全米で最も強い労働組合との折衝に改革の機動力を絡みとられ、大幅なコスト増を強いられたことが知られている。良くも悪くも、アメリカの古き良き時代―田舎に車庫付きの一軒家を持ち、ピックアップトラックでアウトドアも楽しめば通勤もするワイルドな人生像―の象徴だったのだろう。救済にせよ、破産申告にせよ、ある時代の象徴としての”アメ車”像が、より遠い過去に流されていくことには間違いない。今はハリウッドスターがプリウスに乗る時代なのだ。

でも、彼らの凋落を日本人が他人事のように見られるわけはない。今日のニュースを受けてドルが下落し、1ドル=88円という95年以来の価格に。これが日本の輸出に与えるさらなる打撃を懸念してか、日経も大幅な下げという事態もあった。だけどそれだけじゃなく、アメリカの自動車産業のように、”黄金時代”と突然の凋落を20世紀に経験し、21世紀最初の8年間、停滞の中に居続けたのは日本経済も同じなのだ。そしてたぶん、事態はどんどん深刻さを増してる。

Japan is a shrinking giant

The Economist Intelligence Unit Viewswire

日本経済は今年、年率換算で1.8%縮小したことが先日発表され欧米メディアをにぎわした。EIUはさらにこう予測する。

We expect it will continue to shrink in the first half of 2009 and contract by 1.7% for all of 2009

さらに衝撃的なのはここ。

How bad are things for Japan? This is shaping up to be the country's longest recession since the end of the second world war.

大戦後最長の景気停滞になる...。日本はようやく長い長い景気停滞から抜け出して、控え目な成長軌道に乗り始めたところじゃなかったのか。これは、どう考えてもまずい。もうすぐ社会人になる僕の人生に与える影響を考えても、来年就職活動をする妹の将来に対する影響を考えても、もっといろいろ考えても、とにかくまずい。

そして記事のポイントはまたもやここ。

Ultimately, only sweeping reforms can end Japan's protracted economic malaise.

欧米と違って、日本の企業の問題は浅い。誰の目にも明らかなのは、日本人からも、外国人からも完全に信用を失っている政治が停滞の主要な原因だということ。自民党にも民主党にも国民が支持できない今、そして経済面でさらなる歴史的な試練がもたらされた今、政界の再編が行われずにいつ行われるのだろうか。

そして、どうやらその動きが見え始めたみたいです。

改革派、相次ぎ会合、小泉元首相があいさつ 首相ゆさぶり

EIUの記事の最後にKoizumi Junichiroが触れられるように、欧米誌はいまだに小泉改革の方向性を圧倒的に支持し、期待しているようです。

でも、個人的に自分がこの勢力に期待するのは、より大きな政界再編への呼び水となること。政治的信条に基づいて政党を再編し、争点をより明確化させて、あまりに人々の感覚から遠い政治を近づけること。この課題は、アメリカの金融システムの今後の在り方を模索することと同様に、あるいはそれ以上に大きなものかもしれません。

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逆風の中のDragon

すでに1か月前になったボストンキャリアフォーラム。僕はとある団体との面接で中国経済の見通しについて聞かれた。僕の答えは、

「9%というGDP成長予測は例えば昨年の11%台後半に比べたら非常に低く見えますが、僕の教授は中国の潜在成長率はだいたい9.5%といっていますし、いまだ潜在的な上下変動の範囲内です。中国は財政政策を意欲的に行える基盤もありますし、個人的には楽観視しています。中国は世界経済を引っ張っていきます。」

そして僕より全然悲観的だった面接官に突っ込まれながらも、なんとかその場を乗り切って面接を通過したのは良いんだけど...

中国経済、確実に失速してます。

今月頭に発表された世界銀行によるQuarterly Updateでは、2009年の中国のGDP成長率が7.5%に下方修正された。わずか3か月前までは世銀は9.2%と予測しており、IMFが11月に8.5%に修正したものの、見通しがさらに悪化したことになる。

地下鉄やタクシーに乗れば今でも巨大な建設現場を次々と目撃する北京で生活している僕にはあまりリアリティはないのだけど、都市の雇用状況もかなり悪化しているみたい。もっとも話題になっているのは、広東のおもちゃや靴、服の工場が今年に入って次々に閉鎖していること。それに、建設も勢いを失ってきているらしい。

共産党エリートの一人でオープンに民主化を唱えていることで知られているらしいZhou Tianyongは現在公式には4%とされている都市の失業率について明らかに歪められていると発言、彼の試算によれば戸籍の関係で労働者としての登録がない出稼ぎ労働者の失業を計算すると現在すでに失業率は12%、来年には14%に達するとのこと。

Wall Street Journalにおいて最近中国におけるreverse migration(つまり都会で職を失った出稼ぎ労働者が田舎へ戻る動き)が大々的に取り上げられていたくらいだから、たぶん問題は相当程度深刻。各地で小さな暴動の動きもあるし、まさに今、共産党政権の正当性、リーダーシップが問われる時が来ている。

そもそも問題は世界的な需要の停滞によって、海外からの受注全体が減っていること。それなら当然、国内需要を喚起しようということになる。

実際のところ、中国政府は11月に、戦時の政府出費を除けば世界史上最高額といわれる財政出動のプランを早々に発表し、世界をあっといわせた。このあたりの対応の早さは、他の主要経済と比べて(先進国の中でとびぬけた財政赤字の日本に比べたら特に)財政赤字が圧倒的に少ないっていう基盤があるんだけど、やっぱり一党独裁制の強みでもあると思う。おそらくTime誌で初めてそう呼ばれてから、来年と再来年2年にわたる4兆元の膨大な財政出動は、中国のニューディールとしばしば呼ばれるようになった。

この財政出動は、中国、そして世界にとってかなり重要な意味を持っている。まず第一に、金融危機への取り組みという短期的な側面。雇用を確保し、中国の安定を保持するというのは基本だけど、実際のところ世界の主要経済は来年軒並み収縮すると言われている中、世界最大の人口を持ち、近年もっとも著しく成長している第三位の経済の需要が喚起されることは非常に大きい。実際来年の世界経済の成長の半分近くを中国の成長が占めると言われているくらいだから(さらに来年の中国の経済成長の半分近くを財政出動が担うと言われているから)、財政出動の成り行きが来年の世界経済の趨勢を相当程度決めることになるかもしれない。

だけど、もっと重要なのは中期的観点から、中国経済の構造調整に及ぼす影響。膨大な貿易黒字を持つ輸出経済となった中国は、外貨準備で米国や欧州をファイナンスしてることになる。つまり、国、地域単位の経常収支バランスで見れば、発展途上国である中国が米国を中心とした先進国にお金を貸していることになる。これが世界の経常収支不均衡って言われる問題で、一般的にあらゆる資本が不足している発展途上国においてこそ単位あたりの資本がより多くのアウトプットをもたらすという経済原理に真っ向から反している。これは世界の資本配置の観点から見て非効率であること、そして将来急激な逆流現象が起こるリスクが懸念されてきた。ここから、不正な人民元安を批判する声が上がってきたわけなんだけど、もし今回の財政出動によって相当程度国内需要を喚起することができれば、この不均衡の改善にも貢献することができる。中国国内の消費が伸びれば、中国はより多くのモノを輸入することができ、貿易収支均衡に近づくと思われるからだ。実際のところ、中国は世界経済減速の兆候が見られ始めた2007年半ばあたりから、すでに輸出への依存を低めているし、小売りの売上も高まっているので、よりバランスのとれた経済成長へと動いてきたところ。今回の財政出動は、この流れをプッシュできる可能性があるってこと。

Cfn756 The Economistのとっても包括的な記事によると、財政出動の詳細な中身については分からないけど、実際のところ多くは減税や所得補償などの消費の拡大よりインフラなどの投資に用いられそうだとのこと。不況対策の名目で多くの無駄な公共工事を行って失敗した90年代の日本と違って、中国ではいまだに交通インフラ等が単純に不足しているから、これも長期的に見て効果的なんだって。一方で、世銀はもっと積極的にエネルギー価格の調整や厚生、教育、社会保障の拡充など人々の将来に対する不安を直接的に減少させるrebalancingな用途にお金を使うべきだと提言しているけど。いろんなバランスを考えながら短期だけでなく中長期の効果を狙ってお金を配分するのってほんとに大変なんだろうな。

以上が、最近グループペーパーへの寄稿するために最近調べたことなんだけど、その過程で中国の輸出に関して面白いデータを見つけた。

Cautious optimism about condition of Chinese exports

世界の需要が減退してるから、輸出額が減るというのは中国だけでなく日本も含めた多くの輸出経済が打撃を受ける構図だけど、重要なのは”一体何が売れていないのか”っていうこと。記事によれば、最も輸出が減退しているのはおもちゃ製造をはじめとする軽工業品であり、これは世界的な需要減退だけでなく、労働者の賃金を含めたコスト増に基づくものだということ。一方で、機械や設備の輸出は力強さを保っており、逆風の中でもこれらがマーケットシェアを拡大していける競争力が十分にあるらしい。つまり、もともと競争力が失われつつあった軽工業が淘汰されていき、中国の産業全体がより高度な技術を要する重工業品にシフトしていく可能性が示唆されている。ドラゴンはきっちりバリューチェーンを昇ってきているみたいです。

というわけで、どうやら来年も世界経済における主役はどうやらこの国、中国。ほんといろいろ頑張らないとなぁ。ファイナルペーパーとか、中国語とか...。

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Soberness

日本でいう勤労感謝の日あたりから、比較的穏やかだった北京の天候はここ数日で急変。今日は最高気温-3℃、最低気温-11℃で去年僕が冬を過ごした小さな街を思い出させる無情な空気が充満していました。あまりの寒さに加えて、ここ2か月くらい一切雨が降っていないのでありえないくらい空気が乾燥しており、自然に唇の端が切れています。もう12月に入って、いよいよ冬も本番ですね。

ところで、北京の気温以上に冷え込んでいるように思える経済。スペイン人の友人によると、スペインの会社では従業員にプレゼントとしてワインとかを詰め合わせたクリスマス・バスケットなるもの(福袋みたいなものかな)を年末に配布するのが慣習になっているらしいのだが、今年のバスケットの内容はほとんど”shit”だということが報道されているらしい。12月といえば忘年会のシーズンだけど、東京の夜の街の華やぎには影響は出ていないのかな。この記事の麻生さんの笑顔が、なんとなく忘年会帰りのおじさん的な...。

Can this place be governed?
If you think the economy is bad, just look at the politics

先進国の間では珍しく"toxic asset"を保有していないのにも関わらず、主に輸出の減退によって景気停滞に突入した日本。日経平均株価の下げ幅の著しさは以前から気になっていたけれども、すでに26年ぶりの低水準に。おそれていたクレジットクランチの兆候もある。だけど、こうして卑近のことを並べ立ててみると現実以上に悲観的に見えてしまうかもしれないのが経済問題。一方で、日本の政治の問題の深刻さはこれ以上誇張しても誇張
しきれませんというのがこの記事のポイント。特に冒頭のこの箇所は痛烈。

It is laying bare the ungovernability of the whole political system over which he (Mr. ASO) presides.

世界で最も影響力のあるニュース誌が日本のリーダーをこれだけ悲観的に見ていたら、日経が下がるのは必然だと思います。かといって小沢氏も麻生氏に支持率で少し負けているくらいの人気のなさらしいし。今の段階で大連立をにおわせても間違いなく”挙国一致”にはならないでしょう。

一方で、日本と同様に悲観的な経済観測がなされている危機発信国アメリカは、着々と政治面での経済危機対応を進めている雰囲気があります。今週の初めに外交チームを発表し終えた時点でのオバマの人選に対する国民の支持率は75%。Secretary of Stateにヒラリーという物議をかもす人選が足を引っ張ったのにもかかわらずこの数字。麻生政権支持率が30%程度まで下がっていることを考えると、危機対応の観点で日本の体勢がどれだけよくないかが分かります。金融システムへの不信によって引き起こされた現在の危機が象徴しているように、あるいはもっと身近な例では僕たちみんなが基本的に信号機に従うからこそ1億の人たちが滞りなく往来できるように、社会がうまく回っていくかどうかというのははっきり言って他人や社会自体に対するtrustがほとんどすべてなのではないかって考えている。国のリーダーに対するそれの重要性は計り知れない。

このアメリカ新政権の支持率の高さの源は、ほとんど"pragmatism"に集約されると言ってもいいと思う。アメリカが個の集合ではなく、”United”であることを主張し挙国一致で目下の危機を乗り越えることを主張したオバマ自身だけじゃない。80%以上の高い支持を得たSecretary of DefenceのGates留任、あらゆるメディアで賛美の声が聞かれたTim Geitner, Larry Summers, Christina Romerの経済チーム編成に象徴されるのが、個人の高い能力に裏打ちされた、あらゆる状況に対応できるフレキシビリティと現実主義。経済危機には、英語でよく"turbulence(乱気流)"って表現が用いられるんだけど、一寸先の不確実さが明らかに増している情勢で、風向きが突然大きく変わったときにイデオロギーやドグマ、利害関係に捉われずに理知的に決断、実行できる人たちであること。それが、彼らに対する信頼の根拠なのだ。

こんな話を書いていたら、以前オバマ氏当選直前に、クルーグマンが言っていたことを思い出した。オバマに対する最後の援護射撃であることを差し引いてもなかなか面白い。

Desperately seeking seriousness

I suspect that the main reason for the dramatic swing in the polls is something less concrete and more meta than the fact that events have discredited free-market fundamentalism. As the economic scene has darkened, I’d argue, Americans have rediscovered the virtue of seriousness...when the world seems to be falling apart, you don’t turn to a guy you’d like to have a beer with, you turn to someone who might actually know how to fix the situation.

ブッシュ大統領は友好的で、利口ぶって大義をふりかざすゴアより一緒に酒を飲みたくなる相手だった。だけど、経済が崩壊していく中でアメリカ人は”真剣さに目覚め”、本当に状況を打開できる人をリーダーとして選ぶことにしたのだと、クルーグマンは言う。

このsoberness、つまり正気さ、”しらふさ”こそが明らかに日本の政治に求められている。個人的には、ものすごく居酒屋な雰囲気のする麻生さん。お酒の席で風刺され、帰りの電車で愚痴をぶちまけられるようなまどろんだ政治ははっきり言って必要ない。酔った友人と同僚と、来年への希望を本気で語れるような、そんな政治こそ忘年会シーズンの肴であるべきなのではないかと思います。

ということで、個人的にも久しぶりにしらふな気がする金曜の夜ですw。

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今年、最も僕を苛立たせた本

今日の午後はCui教授の授業にて、グループプレゼン。このプレゼンについては、かなりいろいろ思うところがあったので、それを書いておくことにする。プレゼンのテーマはCui教授いわく、近年の学術書の中で最も話題になったという経済史の本。

Farewell to Alms: A Brief Economic History of the World (Sthe Princeton Economica History of the Western World) Book Farewell to Alms: A Brief Economic History of the World (Sthe Princeton Economica History of the Western World)

著者:Gregory Clark
販売元:Princeton Univ Pr
Amazon.co.jpで詳細を確認する

この本は、超がつくほどcontrovertialな本でもある。論旨の一部をかいつまんで書くと、以下のようになる。(解釈に間違いがあればご指摘を。)

・産業革命は、人類史上で唯一、最も重要な出来事だった。産業革命が起こるまでの間、人々の生活水準は、短期的な上下を除いて、上向くことは全くなかった。なぜなら、産業革命以前において、財の生産における重要な位置を占めていた「土地」は有限であり固定されている以上、他の生産要素(ここでは労働力)を増やしても、リカルドのThe law of diminishing returnsに従って一人当たりのアウトプット(=所得)が減少していくからである。だから、戦争や独裁者の悪政、疫病の流行など、死人が出れば人口が減って一人当たりの所得が大きくなり、公衆衛生を整備したり、飢饉に備えて食料を貯蓄したりすると、死ぬ人が減るので人口が多くなり、ひとり当たりの土地が減り個人レベルでは貧しくなった。遅遅とした技術革新も人々の所得水準を変えはしなかった。技術の革新は出生率を高め、死亡率を低くするから、結果は人口の増加であり、人々の所得は長期的に見て、常になんとか生活可能な程度の水準に落ち着いた。この状態を「マルサスの罠」と呼ぶ。圧倒的なイノベーションによって人類を最終的にこの罠から解放したのが19世紀イギリスの産業革命である。(マルサスの罠)

・では、産業革命はいったいどうして起こったのか。これは、イギリスにおいて「マルサスの罠」が”効果的に”働いていたことに依る。イギリスでは1200年から1800年までの間、人口の増加がほとんど起こっていない。この間に起こったことは、豊かな階級がより多くの子供を産み、貧しい階級は経済的な理由で相対的に少ない子供しか持つことができず、豊かな階級出身のものが社会における比率を著しく増加させていったことによって生じた”中産階級文化の形成”である。上流階級の子孫は、比較的高い教育を受け、子供のころから経済的に成功するための様々な素養を育んでおり、それが現代的な生産活動に適した文化的土壌を育んだ。(豊かな階級の”優れた”遺伝子が社会に浸透したということも可能性として考えられる。)これがイギリスが産業革命に至った究極的な原因である。一方で、日本、中国が産業革命に至らなかった理由も同様に説明できる。中国は領土を拡大することによって一人当たりの土地を増やすことができたことからマルサスの罠に陥らずにすんだこと、日本においては農業の技術革新が進み、同じ量の土地でより多くの人に食べさせることが可能になり、さらに一般的な長寿が災いして社会における下層階級の淘汰と中産階級文化の浸透が遅れたためである。(”富者”生存)

ここまで書けば、この本が各分野からどれだけの批判の嵐を浴びたか想像できると思う。近年まれに見る激しい論争を巻き起こしたという意味では、すごい本だし一読の価値は間違いなくあります。そして同時にこの本は見事、「今年僕を最も苛立たせた本」に輝きました。

僕のグループはこの本のCh13、「なぜイギリスで産業革命が起きたのか?なぜ、日本、中国、インドではなかったのか?」のサマリーを担当したんだけど、もう最初から嫌でしょうがなかった。だって、世界の反対側の三つの国とイギリスを、豊かな階級の出生率とか、全体の識字率とか非常に限られた変数で比べて、「イギリスにおいては豊かな階級と貧しい階級の出生率の差が大きく、貧しい階級が淘汰されたことによって識字率も高くなったから、産業革命に結びついた」なんていう結論を導くプロセスが、そもそもナンセンスなような気がしたから。だって、当時のアジア各国とイギリスを比べたら、あらゆる面で違いすぎて、それこそ星の数くらい原因を挙げられる気がするし。それはひとまず置いておくとして、僕はこのチャプターのClarkの主張の批判サイドに回った。僕の論点は以下。

豊かな階級の子孫が多くなったことが、経済活動に適した”中産階級文化”の形成に結びついたメカニズムについて筆者は十分な説明を述べていない。文化形成のプロセスが非常に複雑なもので、シンプルに語ることが不可能だというのは、社会科学におけるコンセンサスだ。産業革命がそこで起きた以上、イギリス社会に何かしら経済的成功に結びつくような文化的特質があった可能性は否定できない。だけど、文化はあらゆる出来事によって影響され、形づくられる。例えば、ヴェーバーの”プロテスタンティズムの倫理”が示したように、宗教の影響は大きい。またあらゆる歴史上の出来事、あるいは気候などの自然要因によっても影響を受けるし、文化はそこに生じたあらゆる出来事の総体によって形成されるのだ。Clarkは”文化”を主張の中心に置きながら、ヴェーバーを含めた文化の変化についての豊富な文献にほとんど立ち入ることなく、上位階級の子孫の社会における拡散のプロセスのみを唯一強力な文化形成の要因だとする。出身階級だけが人々の価値観や行動を規定する、よって文化を形成するというのは、行き過ぎた”経済決定論”だ。

僕はフランシス・フクヤマ氏のこの本に対する批判、"The Eighteenth-Century Hockey Stick"を元ネタに、春学期のカストロ教授から教わった、Cultureという概念のsensitivityを考慮した上で上記のような批判を行ったんだけど、教授も含めたクラスの反応はイマイチ。直接反対はされなかったものの、僕の反論はそれほど決定的なものではないと思われたようだ。最終的には、「なぜそんなに熱くなって批判するの?」って、とあるクラスメートから冷やかに言われた。なぜなんだろう。

僕自身、上記のことを頭で語っているのか、ハートで語っているのか、すでに分からなくなった。

読んだ人はぜひ、感想を教えてください。

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