男/女
奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき
猿丸大夫 (百人一首)
和歌の世界では、鹿の哀しい声は「妻問いの声」とされているとのこと。平安時代の男性方は、秋に鹿の鳴く声に女性に対する思いや独り身のさびしさを重ねたのだとか。
この和歌によって僕は個人的な思いのたけを表そうとしているわけではきっとない。あるレクチャーを聞いて、ふとこの歌を思い出したのだ。
きのうはHarvard Kennedy Schoolの教授で、清華大学公共管理学院の客員教授でもあるTony Saich教授の講演に参加した。包括的で深い洞察が面白かったこの講義でもっとも気になったのは、中国社会の潜在的リスクとされる大きな問題の一つとして、「男女比の不均衡」を指摘していた点。これは実のところけっこうよく言われていることなんだけど、Harvardの先生が"wife sharing"とかそういう言葉を発すると、とたんにセンセーショナルに聞こえるのは僕の耳だけではないだろう。
「男が多すぎ!」男女比、世界1偏った国に―中国
現在、中国の男性は女性より3700万人多く、なかでも0歳から15歳までは男子の方が女子より1700万人多いことが判明。「1人っ子」なら男の子を生 みたいという夫婦は都会よりも農村部で多く、産婦人科で妊娠中の胎児の性別を診てもらい、女とわかったら人工中絶を受けるケースが後を絶たない。
上記が中国で実際に起こっている状況。じゃあなぜこの男女比のアンバランスが起きたのか。
政治的な要因として、80年代、90年代の一人っ子政策の厳格な実施が主要因として挙げられる。それに加えて重要なのが社会保障制度の不備。Saich教授は中国の社会保障制度について、自主独立を強調した毛沢東時代の遺産を受け継いでおり、さらに現在はコミューンではなく、家族単位での自主独立を促す疑似儒教の推進によって特徴づけられると言った。これはつまり、改革開放の過程で福祉制度が収縮する中で、家族全員で助け合って生活をしていくことが政治的に美化され、国家へ生活の援助を求めることが不徳であるとされたっていうこと。家族だけでなんとか生活を行っていくためには、そして子供が一人しかもてないなら、一般的により稼ぎの大きい仕事を得ることができ、嫁いでいくこともない男子をもうけた方が得。男性が女性より3700万人も多いっていう状況は、個人が既存の制度のもとで、経済的合理性に基づいた判断を積み重ねていった結果なのだ。
でも、明らかに不自然なこの状況は社会的不安を招く可能性がある。より具体的に、Saich教授はスワッピングなどの横行、地下風俗産業の拡大などモラル面での破たんと地下産業の発展による治安の悪化を挙げていた。
潜在的なリスクはそれに留まらない。MITのDuflo教授のこの記事はそれを考える上でとっても面白い。
記事によれば、アメリカ西部開拓時代の"frontier town" mentality(当然のごとく開拓の前線において女性は少なかった)が暴力へ向かう傾向があったように、同世代の女性を欠いた中国の一人っ子世代において犯罪件数の上昇が見て取れるという。ベトナムの退役軍人に対する長期調査で、攻撃性・暴力性を喚起する男性ホルモン・テストステロンの分泌が結婚すると下がり、離婚すると上がるという結果が出たっていうのも面白い。
実際、中国においては歴史的に一定の年齢以上で未婚の男性は蔑まれる文化があり、妻を得ることができない、(つまりおそらくはもともと社会的地位がそれほど高くない)男性たちに対する社会的プレッシャーが大きく、ならず者的な行動に向かわせる圧力が強いのではないかという懸念もある。ちなみに、4万人を動員し、中国近代史に残る大きな反乱となった1851年の捻軍起義(Nien Rebellion)は、当地における男女比のアンバランスが潜在的な要因だったっていうのは、春学期のKutcher教授の授業で学んだこと。
(この論文に詳細あり。A Surplus of Men, A Deficit of Peace: Security and Sex Ratios in Asia's Largest States )
以前日経ビジネスで、結婚すると男性は一般的に仕事の効率が上がるとかいう記事があった気がするけど、それもまんざらじゃないのかもしれない。たぶん平安時代の鹿だってパートナーが見つからないときに鳴くだけじゃなくて、角とかぶつけたりしてたんじゃないかなw。
これについてはまたあとで詳しく書くけど、The Bottom BillionのPaul Collierは、最貧国に生きる人たちに最も必要なものは、未来は必ず良くなるという「希望」だと何度も強調している。 未来に対する絶望は人々を紛争に陥れてしまうのだと。ちょっと強引だけど、自分は生涯異性を手に入れることができないっていう絶望も、未来への不信を形作ることには違いない。想像するにもしきれない貧困より、男女のマッチングの問題で考えてみると社会の発展と破壊のメカニズムってよりリアルに感じられます。
実際のところ、個人的な安定への道は全く見えていないけどw。
それはきっと、たぶん、もうちょっと先の話ということで。
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