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2008年9月

Catch up!

中国語の授業がはじまり、いよいよ本格始動となった今週も終わり。はっきりしたのは、外国語学習において、4年間のブラ ンクというのは圧倒的に大きいということ。英語を学んできてそれは知っていたはずだけど語学って、スクラッチDJを志す若者が授業中も机の下でミキサー用 のチャンネルを弄び続けるみたいなノリで、ずっと触ってなきゃダメだ。大学まで行ったらなんだかんだ10年くらい学ぶことになる英語だって大人はみんな忘れてる。そうであるなら、わずか3年間、多かったときで週4時間程度の勉強しかしなかった中国語をこの4年で僕が忘れていないわけがない。ひとまず冷静に見て、中級のクラス内で一番 しゃべれない人という状況。さらに、大学院の授業と重なってしまったせいで語学の授業は週16時間しか受けられなさそうなので、1月までにそれなりにしゃべることができるようになるためには全然足らないのだろうという気がしている。

事実として老師からは一つ下のレベルのクラスをのぞいてみたらとやんわりお勧めされた。僕はもともと下から三番目のクラスにいるのにだ!そのお勧めのセリフすらもよく分らなくて隣の人に意味を教えてもらった。もちろんそれに対して焦りはあるのだけど、しゃべれないっていうある意味屈辱的な状況に対して冷静に腰を据えるだけの免疫ができている自分に気づいてびっくりしたところもある。大学院で一つ上の学年にいた友達が、シラキュースの大学院生活で得たものは何よりも精神的タフネスだって言っていた気がするけど、たぶん間違いない。何かが自分だけできない状況って恥ずかしいとも思うし、それが露になる可能性を考えると授業中に緊張もするけど、その環境が自分にとって良いと思えるのなら退出する必要は全くないし普通にしてればいいっていう少し図太い考え方が身についた気がする。そういう場面に限って空気を読まないすべを少しだけ覚えたというか。でも開き直っているわけでは決してなくて、スケジュールがタイトな中で優先順位の制約もあるけど、腰を据えてがんばろうっていう気でいます。

ところで、やっぱりキャッチアップできないレベルに世界情勢も変化してきている兆しがある。今週の崔之元教授の授業では、現在と過去の金融市場の動揺 とその対応から、"Socialism with Chinese characteristics(中国的特色をもった社会主義)"あるいはSocialist Market Economyとは一体何なのかっていうことについてちょっと白熱した議論があった。

そもそもSocialism with Chinese characteristicsという言葉は1970年代末以降、数々の自由化路線の改革を実行するためにもともと鄧小平によって使われた言葉である。中国は社会主義を放棄することはないけど、それを中国独自のものにする=社会主義市場経済を目指すというレトリック。これによって、鄧小平は共産党の一党体制の正当性を減ずることなく、改革を実行することができた。現在ももちろん中国は社会主義を奉じている。しかし実際には彼らがどんどん資本主義市場経済に近付いてきたことは間違いないので、現在Socialism with Chinese characteristicsという言葉は資本主義市場経済化していく中国を揶揄するために西側の研究者や中国人の間で用いられているそうだ。中国的特色というのは、この場合資本主義のことを指している。

ただし、"Capitalism with Chinese characteristics"っていう見方をすれば中国的特色というのは実際に存在している。その特色というのは、現在株式市場で公開され取引できるようになった中国企業の株は、各々の企業の全株式の一部に過ぎず、中国政府がそれぞれの企業の株を相当程度保有していること、つまり中国の場合、資本主義国と比べて国家が経済においてより大きなシェアを占めていること。

その事実は、米国を現在襲っている金融危機とその対応を考える上で示唆に富んでいる。なぜかといえば、議員や新聞や経済学者によってさんざん議論されているこの危機への対応は、民間企業(金融機関)への"公的資金注入"による救済が中心であり、国が企業の資産を購入するということは、程度の問題こそあれ"国有化"であるから。つまり、金融危機に対応するために米国がとっている路線は、国家が経済においてより大きなシェアを占めている中国のSocial Market Economyモデルに近付くことに他ならない。Financial TimesのMartin Wolfなんかは、最近のコラムでファニーメイとフレディマックの国有化を"nationalisation with US characteristics"と揶揄している。もっと過激なのが、同じくFinancial Timesブログの以下の記事。

Willem Buiter, "The end of American capitalism as we knew it"
http://blogs.ft.com/maverecon/2008/09/the-end-of-american-capitalism-as-we-knew-it/

AIGが救済される理由、それは影響を考慮したら倒産するにはあまりにも巨大すぎるから。なんせ世界最大の保険会社である。でも、未来に同じようなずさんなリスク管理をして破たんする金融機関が出るのはほっといたらほぼ間違いない。良いときにはたっぷり私的な利益を稼いで、悪いときには税金によって救済される。つまり、良い時に余剰利益を得ている人たちと、倒産のリスクを負っている人が別々になっているっていう問題がここで発生している。それならなぜ最初から彼らをそんな活動に従事させるのか?預金委託機関は全部国有化すべきじゃないのか?って記事では述べられている。それも、自由市場とGlobalizationを奉じ、世界の金融関係者に支持されているFinancial Timesのブログに。

進行中の"Financial Armageddon"が本当に米国型資本主義が一つの理想型とされた世界の終わり、一つのパラダイムの終わりを意味するのかはわからない。でも、大統領選挙を約1か月後に控えてオバマ支持率が再度上昇していることを考慮したら、金融危機と政権交代がいっしょくたになって米国の"これまでの在り方"に終止符が打たれる可能性は高くなっているんじゃないかと思う。

一方世界経済、そして米国政治の一連の流れに比べたら、日本の麻生総理の就任はとっても小さなイベントにすぎないんだろう。でも、おそらく幸運なことに、総選挙を控えた今、日本は今後の方向性を決定する分岐点に立っている。少なくとも、日本の政治家は目下の政権死守あるいは奪取のためだけに、近視眼的な利害調整に徹していていいわけがない。総選挙では10年、20年先のことくらいを考えて、一貫性のある政策を競ってほしいです。

なんだかどこかの社説みたいな締め方だね、これw。

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最後の秋学期

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最初の一週間を終えて、とる授業が決定。最後となる今学期の授業は以下の三つです。

Economic Development in China

中国政府へのアドバイザーにして、中国で最も影響力のある学者の一人とされる胡鞍鋼教授による授業。彼は当然のごとく清華大学の看板教授の一人でもあるらしいのだが、英語力に少し疑問あり。それでも、何よりも”経済の発展”なるものに興味を持ってきて、さらには中国という社会の変化に興味を持ってきた自分にはまさにドンピシャな内容。彼は中国政府の政策に、環境の悪化や政府の腐敗によるコストを差し引いたGreen GDPやClean GDPを導入させた張本人であり、彼の考えから党上層部の思考トレンドも垣間見ることができそう。最近はなぜか近代史に興味を持ち本まで出しているらしい。授業は、社会変動や経済発展による社会的コスト、あるいは経済発展がもたらす国際関係におけるパワーバランスの変化といったイシューまですそ野が広がりそうな予感。

Governance and Development

シカゴ大でPhDをとり、MITで教鞭をとっていたという崔之元教授による授業。シカゴ大といえばコンサバティブな経済学で知られているし、経歴から西側のエコノミスト的なPrivatizationや市場重視の思考なのかと思ったけど、Wikipediaによれば中国では新左派と呼ばれる社会主義擁護派の論客であるらしい。その点、経済的不平等の是正や環境問題の解決を重要なテーマとしつつも、市場化重視といわれる上記・胡鞍鋼教授とのコントラストが面白い。初回の授業ではジャレド・ダイヤモンドのピュリッツァー賞受賞作で僕のお気に入りの本のひとつである"Guns, Germs and Steel (銃、病原菌、鉄)"の映像版をいきなり見せてきた。ある程度趣味が合いそうだし、教授がなにより親しみやすい雰囲気を持っているのがすごく好印象。今期もっとも楽しみな授業。

Enviroment and Development in China

清華大でエンジニアリングを学んだあと、シラキュース大マクスウェルスクールで公共政策のPhDをとったという面白い経歴を持つDai Yixin教授による授業。この授業は清華大学のものではなく、シラキュース大学北京校のものという扱いになっているが、彼女自身は、清華大学公共管理学院の助教授かつ、公共管理学院MIDプログラムのメインアドバイザーでもある。彼女は2005年までシラキュースにいたらしく、当然雪や恐ろしい寒さの話には花が咲くし、若くてきれいでとても親しみやすい。授業はおそらく今期とるものの中でもっとも整然としていてまとまりがあるし、近隣へのsite visitも盛り込んでいてとても野心的。あと、聴講生として出席している中国人の学生たちの英語力の高さには驚かされた。この授業は環境問題を政策的観点から見ることを主眼としており、経済発展と環境保護というジレンマをどのように超克するかを考えるのがテーマ。

この三つに加えて、週20時間の中国語の授業があります。大学院の授業は先週からはじまっていたんだけど、語学は明日から。北京入り後はほんとにたっぷり遊んでしまった気がするけど、今週から本格的に開始といった感じなので気合いを入れてがんばります。

いよいよ、勉強の秋です。

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新生活と海の向こうの轟音

北京での生活も今日で一週間が終わった。到着3日目くらいから空のガスが気になり始めて、500m先の視界があやしい日まであった。最初の二日間くらいの印象で、北京の大気は大丈夫だと思いこんでしまったけど、オリンピックとそれに続くパラリンピックのためにずっと車両規制と工場の操業規制を行っていたことを考慮してしまったら、やっぱり相当やばいのではないかと考えを改めるに至りつつある。

それでも、こちらの生活はかなり快適なことには違いない。両隣は大学院のクラスメートで、手続きや授業関連の情報は5歩歩いてドアをノックすれば確認できるっていう安心感がまず大きい。部屋にはキッチンがなくて、自由に自炊することはできないけど、食堂のご飯はおいしいし何せ安い。朝食は60円くらいでたっぷりの肉まんと卵焼き、それに飲み物まで飲んでいるし、ちょっと奮発してお昼に欧風ステーキとシーザーサラダ、それに飲むヨーグルトまでつけてもせいぜい300円ってところ。天井がとても高くて、窓から郊外の空き地と住宅街の見えるこの部屋にもなんだか愛着を覚えてきたし、最初の各授業で同席した清華大学公共管理学院MIDプログラムの生徒たちの国際性の高さ、経験の豊富さや、親しみやすい雰囲気に安心もした。もちろん最初の一週間はやっぱり忙しいし、それなりに疲れたけど、日本を以前よりも近く感じることが安心感につながっている気もするし、中国人の学生たちが親切なこともあって、本当に居心地の良さを感じ始めていることも確かだ。

その間、世界経済がとんでもないことになってきている。震源地は1か月前に去ったアメリカ。リーマンブラザーズのchapter 11申請、メリルリンチの買収、僕も海外留学保険を使っているAIGの破たん直前の救済...ニュースにはモルガン・スタンレーやGSの合併・買収話まで出てきているし、50年に1度、100年に1度という言葉まで飛び出し始めたこの危機がいったいどこまで行くのか金融素人の僕には知るすべもない。でも去年のボストンキャリアフォーラムで日本の大企業たちを尻目に巨大なブースを構えて圧倒的な人気を誇っていたアメリカの巨大投資銀行たちが崩壊していく過程は、身の毛がよだつ。なにせ、僕は今年来年に就職活動を控えている身なわけで、労働市場の悪化、投資銀行志望、あるいはそこから放出された切れ者連中との競争がまずこわい。それに加えて、僕がこれまで見てきた世界、BRICSやアジアの新興国がエンジンとなり、批判や不協和音がたびたび聞かれつつも世界規模では意気揚揚としていた経済が一気に顔色を変えて言っているような気がしている。それも、金融危機という、いまだ自分の理解がまったく及んでいない領域から侵食されるように。

その一方で首相が事実上空席で丸腰な日本。今日は日経が野党の郵政民営化凍結の公約について批判をしていたけど、僕も郵便関係者の票田確保のためとしか思えないその手の公約にはけっこうげんなりする。これだけ悪化している金融市場への影響が心配。自民総裁選がどうなろうと、総選挙で民主党が勝とうと、政界再編がなければほんとの意味で政治は停滞したままになるんじゃないだろうか。僕個人としては日本の政治に、あるいは政治家に全く希望を見出していないわけではないんだけど、依然先行きは不透明。

こういう時期にこそ大学院に入って学ぼうとするのはほんとに戦略的な選択なんだろうなぁって思う。嵐が過ぎ去るのを待つために、あるいは嵐をつぶさに観察するために、賢かったら今こそ、象牙の塔にこもるべきなんだろうね。自分が出ていかなくちゃいけない来年には、世界は日本はどうなっているのだろう。それを考えると、中国での勉強を延長したり、それをしつつl、なんとか中国で職探しをしてみることがとっても魅力的に思えてくるときがある。

それでも何でも、僕が今の時点でやらなきゃいけないことはどうやら変わりない。経済の発展を長期的な視野で考えること、環境問題と経済発展について考えること、中国を見ること、そして中国語を少しずつ学ぶこと。外の荒波が気になってしょうがないけど、見たって何もわからない。こういうときにはむしろ目をつぶるようにして、自分のことを毎日きっちりやっていた方がいいのかもしれない。

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生きてるうちに頭をつかえ

タイトルは、小学校にも上がらないころに近所の年上の子に僕が言われた言葉らしい。名言として、うちの家庭ではもてはやされています。

小学校時代の記憶っていうのは恐ろしいくらいに薄い。保育園のころの記憶なんてほとんどないといっても過言ではないし、今となっては小学校4年生くらいまで結構怪しい。それでも強烈に印象に残っているのは、たぶん今の感覚で言ったら鬱って呼んでもいい小学校5年生の1か月くらい。当時スイミングスクールに通っていた僕は、泳いでいるときですらその考えから抜け出せず、帰ってドラゴンボールを見ても抜け出せず、親戚のおじさんからもらった特製のソースをかけて食べる高級ゼリーですら味を感じなかったことまで記憶している。その当時の自分を圧倒的に支配していたのは、死ぬのがこわすぎる、でもいつか死ぬっていう認識。

どんなに楽しくても、ほんとに退屈だったり辛かったりしても、自分は毎晩それを感じることができて感想を持つことができる。それがどんなに受け入れがたい感想でも。そして今こうやって考えているように、どんな毎日でも、自分は何かを感じ考えるという特権が許されている。それを通して、自分というものの存在を実感する。そのすべてがいつかしかるべきときが来て絶対に終わる。世界に対する唯一の目であるはずの自分が完全に消滅する。それが恐ろしくてしょうがなく、なんでみんなその恐ろしさを分からないのかと考えてさびしくなったのだと思う。(僕の動物占いは羊である。)どうやって立ち直ったのかはあまり覚えていないけど、その後、ダイの大冒険のクライマックスでポップが大魔王バーンに放ったセリフにびっくりしつつ、ものすごく感動したことは覚えている。きっちりネット上にありました笑。

5つか6つの時・・・だったかなぁ・・・
ある夜おれは「死」について考え出した 死んだらどうなるのか どこへ行くのか 考えれば考えるほど怖くなって・・・
夜中におれは泣き出した 親父たちがびっくりして飛び起きた
どうしても人は死んじゃうの!?どうしてずっと生きていられないの!?
わけがわからなくなっておれは泣きわめき続けた
そしたら母さんが、母さんが抱きしめてくれておれにこう言ってくれたんだ。
"人間は誰でもいつかは死ぬ、だから、だからみんな一生懸命に生きるのよ"って!!
あんたらみてえな雲の上の連中に比べたらおれたち人間の一生なんてどのみち一瞬だろう!!?
だからこそ結果が見えてたってもがきぬいてやる!!!一生懸命に生き抜いてやる!!!
残りの人生が50年だって5分だって同じ事だっ!!!

このあとメドローアか?!!

大学の付属校に通っていた高校時代。出会った友達が小学生のときに同じような経験をしていたことを知って自分をさらに安心させることになった。それはともかくとして。
僕の高校では3年生になると大学進学を意識した選択科目なるものを複数受講することができた。僕が選択したのは文学、経済、倫理、そして中国語であった。僕の好みは今もそれほど変わっていないようです。

その中でも倫理の授業は今でも強い印象が残っている。タルコフスキーのサクリファイスを見て、ノンフィクション作家の柳田邦男のサクリファイス―犠牲―を読んだ。そして、レポートは、なぜ人の命について考えなければならないのかということについて書いた覚えがある。細かいことについては忘れたけど、僕たちが「世界」という言葉を使って表現するものは結局僕たちそれぞれの中にしかないことが一つのテーマだった。毎日どこかに行き、何かを見て、何かを聴いて、においをかいで、触ったりして、本を読んで、あるいは寝ているときですらそんなことをしているような夢まで見て、あるいはそんなことが何一つできなくとも、生命がある限り僕たちはおそらく言葉によってはどうにも形作れないようなもの、現実にあこがれや憧憬や身体反応やいろんなものをいっしょくたにした内部世界を持つことができる。それは自分がいま見ているパソコンの画面も含めたこの"現実の"世界まで包括してしまっている。自分たちが世界という言葉を使う限り、それは僕たちが知覚する内部世界の一部でしかありえない。つまり、人の死は常に世界の終焉であり、それについて感想を覚えることもできない本当の無である。そういう意味で、人は世界そのもの、"豊饒さ"そのものであって、だからこそ尊いのだと。そういうことを書いた気がする。

だからなんだって?

最近ブログに何を書きたいのかわからなくなっていたけど、友人のブログを読んで触発されて何か載せたくなってしまい、いつか書いたメモを発見したので載せてしまいました。良かれ悪しかれ、こういうことをこんな風に考えることもいつからか自分の人生みたいなものを構成する一つになっていて、自分が何かを学びたいっていう感情もこれに関係してるところがあると思ったので。

これまで父親に言われたことの中で、最も心に残っていること。

すべての学問は自分とは何かを考えることを源泉としているし、目標にもしている。

これほど"勉強"なるものを肯定してくれる言葉はないと思います。そしてこのブログも肯定してしまおう。

親御さんともども、今後もどうぞよろしくお願いします。

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北京生活スタート

Cimg1492一時帰国の最後にお酒を夜遅くまで飲むパターンが続いたためか、昨日は鼻水をすすり、咳に悩まされながら北京入り。雨まで降り出していた成田と打って変わって、北京は晴天。そしてまだまだ暖かい陽気。降り立った空港は、パリのシャルル・ドゴールに似た洗練されたデザインで、なおかつ巨大だった。

空港では、マクスウェルのクラスメートで、夏の間はシンガポールでインターンをしていたクロアチア人のゴランと合流。彼はシンガポールで二つのインターンをこなし、ビジネス・コンサルティングの仕事では、かのジョージ・ルーカスと何度もミーティングをしたとか。迎えに来てくれたプログラムマネージャーのJaneもきめ細かく世話をしてくれて安心した。

タクシーに揺られること1時間。これから4か月半を過ごす、清華大学のキャンパスに到着。寮のロビーで、同じくクラスメートでスイスでインターンしていた親友アルベルトと再会。この辺りから、妙に修学旅行のような気分になってくる。寮の部屋はバス・トイレつきのシングルルームで、予想以上に清潔。寮の周りも、バスケットコートやテニスコートが整然と並んでいて、留学生だと思われる白人や黒人もちらほら見られて、なんだかイメージとは違う小ぎれいな雰囲気だった。その晩は、夕食を食べて、キャンパス内のスーパーで少し買出しをしたあとは爆睡でした。

二日目の今日は、まだまだ予定がないということを最大限に利用して市内観光へ。寮の前で拾ったタクシーで向かった場所は、

Cimg1494 天安門広場です。タクシーから見えた北京市街の様子は明らかに7年前と違った。走っているバスがおそらく東京のバスより洒落たデザインになってたし、心なしか以前より緑も多く、自転車人口も減っていた。家並み、街並みも数年前に訪れた台北よりきらびやかな印象。僕の知っている中国人は、誰もかれもが「7年前とは全然違う」と言っていたけど、本当に変った気がした。でも、ここ天安門広場の雰囲気は全然変わらない。直立不動の兵隊。観光客でにぎわうだだっ広い空間のはしに見える、毛沢東の肖像。端の方に美しく飾られていたオリンピックのモニュメントも、全体の雰囲気を大きく変えてはいないように思えた。この巨大さ、空間性が今も生き残っているコミュニズムの香りを感じさせる。そのまま観光した故宮も、当然だけど、相変わらずだった。その後は王府井をぶらぶら。

中華料理を食べたあと、タクシーを捕まえようとしたのだが、全く駄目だった。僕らが外国人だからなのだろうか。空車のタクシーもダメダメと手を振りながらすべて通り過ぎて行った。20分くらい粘ったのだが、無理そうだったので文句をたっぷり言いつつ地下鉄へ。そこから見えたホテルも、なんだか僕の知ってる北京じゃないみたいな壮麗さだった。

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地下鉄も東京のものより明らかに新しいし、きれい。改札は、切符をスイカのようにかざすもので、ワシントンよりも洗練されている。

オリンピック開催地として、あるいは中国の対外的な顔としてインフラを発展させてきた北京の変化を、中国の変化や成長として額面通りに見ることはもちろんできないと思う。だけど、7年ぶりの北京は、国際都市としての威厳を圧倒的に高めていて、僕に驚きと、安心をもたらしたことは確かでした。

まだ数日オフがあるので、もう少し周ってみます。

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図書館人に祝福を

今日は地元の図書館へ。案の定、8月中には会館の9時半から15分後には満席になっていた閲覧室がお昼くらいまで空いていた。でも平日だというのに利用客はかなり多い。特に各種雑誌が置いてあるコーナーはソファにひしめきあいながら多様な年齢層が読書に励んでいる。

特に自分と近そうな年齢の人を見かけると、何を勉強しているのかとても気になってしまう。大学とかの論文かなぁ、それとも資格試験の勉強でもしている人かなぁって。僕はそんな中、これをやる。

Why?にこたえるはじめての中国語の文法書 Book Why?にこたえるはじめての中国語の文法書

著者:相原 茂,石田 知子,戸沼 市子
販売元:同学社
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最初の方のピンインとかの説明は完全に「はじめての人」向け。実際そうなのかもしれないが、演習もないそこの部分がきつい。でも、そこを乗り切れば、本章は非常によくまとまっていて、ほとんど忘れている&そもそも中国語の文法を体系的に勉強したことがなかった僕にぴったりの内容。本当に最初からやりたいって言う人にも、自信を持ってお勧めできます。まずは文法をさらわなければ、中国では本当に何もできそうにないので。(でも、残念ながらこれがまだ1冊目である。)

家ではまるっきり進まなかったこの本だけど、図書館では鬼のように手が動く。夕方しびれてしまうくらいに。

それは周囲から与えられる無言のパワーのおかげだと思う。僕は、全く勝手だけど、平日の図書館の閲覧室で1日中何かを勉強しているような人たちは、「今どこにも属していない人たち」あるいは「今属しているところから抜け出し、どこか別のところに行こうとしている人たち」なのではないかと想定している。資格試験の勉強でも、論文の準備でもなんでもいいけど、とにかく別のステージに移るためのパワーを必死で蓄えている人たちなのだと。となりの僕よりかなり年上に見える人は、消防士の筆記試験の勉強を本当につらそうにやっていた。消防士の筆記試験対策ほどつらそうな勉強もなかなか思いつかない。

だから、全く勝手な言い分だけど、自習室と化している平日昼間の図書館の閲覧室の空気は本当に殺伐としている気がする。この場所以外の空気を求める切実さ、あるいはここに留まっているやるせなさでいっぱいな気がするのだ。とおりすがりだけど、僕も状況は変わらない。僕の属するところは、そもそもあいまい。少なくとも身をおくべき場所はここではないのだ。

アメリカでPublic Libraryを利用したのはボストンで昼寝をした一回だけだけど、もっと行ってみれば良かったなと思った。アメリカ人もみんなこんなにこつこつと勉強をしているのかなぁって、単純に考える。労働市場の流動性とかについても考える。やりたいことを見つけて、それに向かって努力をしたなら、やっぱりそれは社会が最大限評価してやるべきだと。職場だって隣の人と少々のおしゃべりや同僚とのランチくらいはあるだろう。図書館人は一言も発さない。

夕方、とてもきれいな夕焼けを見た。入道雲がオレンジの空を奇妙な形にきりとっていた。地元の街も晴れた空のもとではやっぱりきれいだと思う。

それに最近はまだまだ暑いけど、ときおり心地よい風がふくようになった。昨晩これを聴いたら最高に良かった。音楽を最高に楽しむための条件は、窓からの風と、季節の飲み物と、周囲と自分の心の静けさだと思います。

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僕はなぜ北京へ行くのか

ブログのレイアウトを変えてみた。ほんとに違う人のブログみたいになってしまったけど、かなり気に入っていたNYCのブライアントパークの背景は、もう僕のブログにはふさわしくないのではないか、ひとまず変えてしまえ!ということになりましたので、今後もどうぞよろしくお願いします。9月に入り、北京に行く日もかなり近付いてきたので、自分の気分を盛り上げるためにもサブタイトルに「北京編」を加えました。

最近、久しぶりに再会した友人と話していると、「そもそも北京に行って何するの?」、「それはアメリカの大学院生にとっては普通のことなの?」とか聞かれます。そこで、僕自身と、僕が所属しているプログラムの再紹介もかねて、北京への再留学の経緯についてちょっと書きます。

僕はアメリカのNY州にあるSyracuse大学の一部であるMaxwell Schoolの、MA in International Relations(MAIR)というプログラムに所属しています。Maxwell Schoolは、大学院生のみが所属する社会科学系のスクールです。日本ではあまり知られていませんが、MaxwellはアメリカにおけるPublic Administration(MPA)の領域のパイオニアであり、信頼性が高いと言われているUS Newsの大学院ランキングにおいてもPublic Affairsで近年連続して全米1位にランクされています。僕が所属するMAIRは、MPAと並んでMaxwell Schoolにおけるもう一つの看板プログラムです。今のところForeign Policy Magazineにおいて全米9位or10位という微妙な立ち位置ですがw。でも、僕にとっては第一希望のプログラムでした。

Maxwellの国際関係のプログラムには、いくつかの大きな特徴があります。まず、プログラムはもっとも一般的な2年間ではなく16か月であること(そのおかげもあって費用が安い)、そして世界中にある提携校で1学期間授業を履修すること、また海外でインターンシップを行うことが非常に積極的に奨励されていることです。

後者はグローバルプログラムと呼ばれており、たとえば東アジアに興味があれば、早稲田大学(東京)、国際大学(新潟)、延世大学(Seoul)、清華大学(Beijing)などの提携校の大学院で、1学期間授業を受けることが奨励されています。インターン先については自分で見つけること、将来のキャリアを視野に入れてそれにふさわしい内容の仕事を行うことが原則ですが、世界中どこで行っても証明を提出することによって単位認定されることになっています。いつ世界のどこへ行って何をするかは、入学直後からアドバイザーと相談を重ねて、自分でプログラムをデザインしていきます。

だからMaxwellMAIRにおいては、16か月間ずっとシラキュースに留まる生徒はほとんどいないと思われます。”International Relationsという領域を学ぶ以上、もっとも重要なのは興味のある地域に実際に身をおいて実体験を得ること”、という考え方のもとに学生の国際経験を積み上げることがプログラムの重要な柱になっているからです。

Johns HopkinsGeorgetownTuftsColumbia, Princetonなど他のトップ校においても提携校に留学することは可能だと思いますが、もともとあらゆる意味でリソースが豊富なこれらの学校においては、入学後に他の国へ再留学するインセンティブも限られているのではないかと想像しています。MaxwellはNY州の田舎に所在する大学院なので、Johns HopkinsGeorgetownの学生ようにワシントンの議会やシンクタンクのコンファレンスに参加することもできなければ、TuftsのようにHarvardやMITとの連携もないし、ColumbiaPrincetonのようにノーベル賞クラスの研究者もいません。でも、だからこそ、MaxwellMAIRにおいては国外の提携校への“再留学”にチャレンジするだけのインセンティブが与えられているのだと思いますし、なんだか逆説的だけど、それがいかにもInternational Relationsらしいプログラムを形成しているのではないかと思っています。

僕は入学以前から中国と、東京でボランティアとして1年間、間接的に関わったアフリカという二つの地域に興味を裂かれてきました。実際、この夏は南アフリカで個人商店のコンサルティングを行うプログラムに参加し、インターンをしようと考えていたのですが、諸事情あって受け入れてもらえなかったので、他の人たちに大きく遅れて春先にインターン探しを再開。結局、大統領選を間近に控えたこの時期にアメリカの政治的首都で働くことも得難い機会なのではと考え、ワシントンDCにあるビジネス団体でインターンをしました。

この秋の北京再留学については、僕がMaxwell入学当初から希望していたことでした。中国は今世界で最もダイナミックな経済であり、21世紀のSuperpowerと目されており、さらにはとても複雑な関係を持つ日本の隣国です。僕は高校3年のころから中国語の授業を履修し、高校の修学旅行では実際に北京を訪れました。北京大学附属中との交流をメインとしたその旅行は、これまでの数々の旅行の中でも最も刺激的で楽しかったもののひとつとして記憶されています。その後、大学でもすばらしい教授に恵まれつつ中国語の勉強を続け、授業が終わったら普通に勉強をやめて、数日前に勉強を再開して今に至りますw。以前、北京を訪れたのは2001年。アメリカがアフガニスタン侵攻を始めた直後だったことを記憶しています。あれから7年の間にどれだけの変化が起こったのか、自分の目で見られることがとても楽しみです。

北京では、清華大学に籍を置き、公共管理学院などで大学院レベルの授業(使用言語は英語)を履修しつつ、並行して中国語の授業を受講することになっています。そして2009年1月半ば、秋学期の終了とともに、アメリカには戻らずにそのまま卒業となります。全く違う環境での、最後の学期。めいいっぱい楽しみたいです。

でも、ひとまずあと1週間と少し、日本を謳歌しますw。

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